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第59話

須藤(ひと)の部屋だと思う間も無く、広い部屋に鎮座する大きなベッドに見入ってしまう。吸い寄せられるようにふらりと入りかけて、ふと足が止まった。 「っ……」  何かが肌を這うような空気が漂っている。官能的と言えばいいのか。情事を目の当たりにしているわけではないのに、何か見ては行けないものを見てしまった。そんな恥じらいが佑月の中で生まれた。顔が火照りだすことを感じて、佑月は慌てて部屋を出て扉を閉めた。  急激に気まずさが佑月を襲う。なぜこんな風に思ってしまったのか。須藤に対して失礼ではないか。忙しなく打ち付ける鼓動を落ち着かせようと、佑月は自分の部屋へと戻り、パソコンを開いた。仕事のチェックやまとめ、依頼の割り当て等をし、意識を仕事へと集中させるが、罪悪感に苛まれ一つも集中出来ない。 「欲求不満かよ……」  自分は性に関しては淡白だと思っていた。自慰だってあまりしない方だ。それが須藤のベッドを見ただけで妙に居た堪れなくなるなど、中学生かと自身に突っ込まずにはいられなかった。  それから三時間後に須藤が帰ってきた。夕飯を食べに行こうと連れ出され、いかにも一見はお断りといった高級料亭に二の足を踏んだが、強引に連れ込まれてしまえば従うしかない。女将が佑月を知っていた事で、自分もよく訪れていたのだと知ったが、ここでも佑月は何も思い出す事はなかった。 「佑月、風呂入れてやるから来い」 「……え?」  食事から帰ると、佑月はリビングのソファで一人、ついてるテレビを見るともなく見ていた。そこへ黒のガウンを羽織った須藤が、リビングへと入ってきた。男の色香がこれでもかと言うほどに匂い立つ。  女なら、いや男でも、その魅力にうっとりと見惚れてしまうのではないだろうか。佑月も一瞬その色気に当てられたが、直ぐに須藤の言った言葉に驚き固まってしまう。 「早く来い」  言いながら佑月の傍へと歩いてくる須藤に、佑月の身体は呪縛から解かれたようにビクリと反応する。 「え……いや、いいですよ。自分で入れます」  強ばった笑顔になる佑月の腰に、須藤の腕が絡み、そのまま引き上げようとする。佑月はそれを拒んで抵抗する。 「その腕ではちゃんと洗えないから言ってるんだ」  佑月はここで自分の状態を思い出す。左腕はまだギプス固定がしてあり、とてもじゃないが動かせる状態ではない。ましてや、昨日までは看護師が髪を洗ってくれたり、身体を拭いてくれたりしていた。しかし片手で洗おうと思えば洗えるし、何より須藤の手を煩わせることは避けたいのだ。 「また余計な事は考えなくていい。このまま抱き上げてほしいのか?」  佑月の思っている事などお見通しとばかりに、須藤は呆れたように言う。抱き上げられるなどたまったものではないと、佑月は素早く腰を上げた。 「須藤さん、お心遣い感謝しますが、本当に一人で大丈夫です。シャワーお借りします……って、ちょっと」  須藤は佑月の言うことなど聞こえていないかのように、佑月の腰に腕を回すと、強引にシャワールームへと連れて行く。  ホテルかと見紛う程に大きく絢爛な洗面ルームは、黒を基調としたもので、とてもエレガントだった。それを尻目にする佑月の前に立った須藤は、左腕を吊っている三角巾を外した。

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