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第61話

「いいか、男の前でこの肌を晒すな」 「男の前でって……」  須藤が何故、そんな事を言うのか甚だ疑問に思うところだが、確かに昔から佑月は、男から性的な目を向けられることが多かった。自分なりに気をつけてもいる。だが颯は親友だ。その颯を他の男と一緒にしないで欲しいと、佑月は不満げに須藤を見た。  佑月の視線に気付いていながらも、須藤は自分の話は終わったと気にも留めない。洗面台からビニール製の物を取ると、須藤は佑月の左腕にそれを通した。ギプス用の防水カバーだ。 「下着、自分で脱ぐなら早く脱げ」  先にシャワールームの中へ入った須藤の背中を見ながら、佑月はため息をこぼしそうになったが、寸前でそれを止めた。  須藤のガウン姿に防水カバー。濡れても困らない格好をした上で、佑月への配慮もある。それを思うと納得出来ないものがあれど、感謝すべきであって不満など言えない。これ以上煩わせたくはないと、佑月は下着を脱ぐと、洗面台にあったタオルを下半身に巻いて中へと入った。須藤は直ぐに佑月の背中へと手を回し、エスコートするかのようにバスタブへと(いざな)う。 「中に入って頭を縁に乗せろ」 「はい……」  男二人でも余裕で入れるくらいの大きなバスタブ。目が眩む程に真っ白で、汚れ一つ付いていない。ジャグジーも付いており、身を沈めるといい所に気泡が当たる。あまりの気持ち良さに声が出そうになり、佑月は慌てて声を呑み込んだ。  頭をゆっくりと縁に乗せた佑月は、須藤をそっと窺う。スーツの時も相当なものだが、ガウンだと更に逞しい体格なのだとよく分かる。広い肩幅に、ガウンの合わせ目から時折覗く胸元は、盛り上がり、厚みが相当あった。  ガウンを脱げば、さぞ立派な肉体美を拝めそうで、もはや張り合う気にもなれない。羨ましい限りだった。  顔もそうだ。シャワーのお湯を調整する須藤の精悍な横顔。冷たそうなのに、自然と目を奪われる美貌。これほどまでに完璧な男を恋人に持つと、彼女も大変なのではと、余計なお世話とも取れる思考に耽っていると、須藤と目が合ってしまった。 「髪濡らすぞ」 「あ、はい……お願いします」  ニコリともせず、いつもの無表情で言われる。この男は他人から見られる事に慣れているのだと思ったが、そうではなくて視線に無関心なのだ。  入院中の時も、可愛い看護師に見惚れられようと、歯牙にもかけなかった。唯一関心があるのは恋人だけなのだろう。そんな男が、友人というカテゴリーにある佑月に甲斐甲斐しく世話をしたがるのは、まだ付き合いの浅い佑月からすれば謎だった。  適温のシャワーで髪を濡らされ、佑月は目を閉じた。縫い傷には触れないように、シャンプーで頭皮をマッサージするように丁寧に洗われ、ジャグジー効果と相まって眠ってしまいそうな程だ。 「須藤さん、髪洗うのとても上手いですね」 「そうか?」 「はい。気持ち良くて寝てしまいそう」  目を閉じていたが須藤が笑った気配を感じた。佑月が目を開けると、やはり須藤の口角が緩く上がっている。声を出して笑ったわけでも、クスリと笑ったわけでもないのに何故分かったのか。未だに眠り続ける〝佑月〟が感じ取ったのだろうか。自分なのに自分ではない者が巣食う感覚は、少し怖い。でもこれが何かを思い出すきっかけになればいいのにと、佑月は密かに思った。

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