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第63話

 ただ掠めただけなのに、とてつもない電流が全身に駆け巡っていった。男にとっては何の意味もなさない部位。自分でも意識をした事がない部位。それがたかが指が掠めただけで、身体をビクつかせた上に声まで上げてしまった。一体自分はどうしてしまったのかと、羞恥に(まみ)れた佑月は、俯きながら須藤の胸板を押して、距離をとった。これ以上気持ち悪い自分を、須藤に晒すことが耐え難かった。 「須藤さん、ありがとうございました。ここからは一人で本当に大丈夫なので……」  頭を下げてから佑月は須藤が言葉を発する前に「お願いします」と堅固な意思を示した。  早く行ってくれと強く願う佑月の(おとがい)が、突然須藤に掴まれ、無理やり顔を持ち上げられる。 「やめっ」  佑月は瞬時に顔を振るが、須藤の指は離れない。そればかりか更に力を加えられ、佑月は痛みで顔を顰めた。 「は……なして下さい」  顔がとんでもなく熱い。そんな佑月の顔をしげしげと見る須藤は、何故か先程から一言も言葉を発しない。あまりの気まずさと、どうしたのかという思いで、佑月は須藤へと視線を移してしまった。  瞬間佑月は言葉を呑み込んだ。まるで自分が捕食者に捕らわれた獲物。そんな錯覚を起こしてしまいそうな程に須藤の目が剣呑な色に染まっていた。  ヒヤリと背筋に震えが走る。目を逸らしたいのに逸らす事が出来ずにいると、やがてその目は何かを耐え忍ぶものへと変化していった。 「須藤……さん?」  恐る恐ると名を口にする佑月に、須藤は不満とも、やり切れなさとも取れそうな重いため息を吐いた。 「風邪引くなよ」  それだけ言うと、須藤は佑月に背を向けシャワールームから出て行った。佑月は脱力したようにそのまま蹲る。 「どうしたんだよ俺……。絶対変に思われた……」  自分の身体が自分ではない感覚が未だに消えない中、自ら望んだ事ではないにしろ、人の好意を無下にし追い出してしまった。後悔と羞恥とが綯い交ぜになり、佑月は暫く自責の念に苛まれていた。  満足な睡眠を得られず朝を迎え、佑月は重い上体をゆっくりと起こした。 「まだ六時か……」  髪を掻き混ぜながら、佑月は朝から重いため息を吐く。昨夜風呂から上がった佑月は、リビングで酒を飲んでいた須藤に礼を言って、自室へと引っ込んだ。須藤は背中を向けて座っていたため、顔を見れていない。もしかしたら向こうは見たくなかったのかもしれない。返事はしたが、佑月へと振り向くことがなかったからだ。須藤との生活一日目にして、いきなり嫌な空気にしてしまったのは紛れもなく自分だ。このままで良いわけがないことは明白だ。 「須藤さんに謝ろう」  そう決意した佑月はベッドから降り、軽く身支度を整えた。先ずは顔を洗ってから、片手でも作れる簡単な朝食でも用意して待っていようとドアを開けた時、斜向かいの部屋の扉が同じく開いた。 「あ……おはよう……ございます」  ぎこちない態度になった自分に、佑月は舌打ちしたい気分だった。謝ろうとしていたのはどこのどいつだと。そんな佑月の思いを余所に、昨夜とは違うガウンを纏った須藤が、佑月の傍へと足を向けた。

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