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第65話
「何故そんなことを訊く」
「須藤さんの秘書なら朝から晩まで、それこそ深夜までお仕事なさってるでしょうし、奥さんがいたら寂しいんじゃないかと……って余計なお世話ですよね」
これでは人の仕事に、文句をつけていると思われても仕方がないと、佑月は直ちに須藤へと謝った。
「真山は結婚していない。今後もすることはないそうだ」
「そうなんですね……」
結婚してないんだとブツブツ佑月が言っていると、不意に視線を感じ、右隣へと顔を向けた。目が合うと須藤の眉が僅かに寄る。
「そんなに真山の事が気になるのか?」
明らかに不機嫌だと分かる須藤の声音。佑月にはその理由が見出せず、内心で酷く焦る。コミュニケーション作戦、いきなり第一戦から失敗していては先が思いやられそうだ。
「真山さんの事が気になるって言うんじゃなくて……その、ただ純粋にどうなんだろう? と……」
もはや自分でも何を言っているのかが分からなくなり、最後は笑って誤魔化す。須藤は前を向いたままハンドルを握り、返事をする事がない。ここで普通ならば挫けそうになるが、佑月はもしかしたらと再び口を開いた。
「須藤さんの恋人は遠くにいらっしゃるって仰ってましたけど、結婚は考えてないんですか?」
そう訊ねると、須藤は佑月へと視線を向けてくれた。佑月はやっぱりなと、ホッと肩から力を抜く。須藤本人の事ならば、余程おかしな質問でなければ答えてくれるのではないかと思ったのだ。
「結婚が全てじゃない。俺は一生傍にいる。どちらかの命が果てるまでな」
温かいのに、どこか切ない。そんな須藤の声音に佑月は無意識に胸を手で押さえていた。
自分に言われたワケではないのに、なぜこうも胸がざわつき、締め付けらるのか。それはきっと須藤の想いが深いから、そして……。
「そこまで想われてる彼女さんはとても幸せですね。俺はそこまで想える相手にはまだ出会えてないから……羨ましいです」
自分の恋愛への未熟さを思い知らされた気がして、佑月は少しの気恥しさで苦笑を浮かべる。信号待ちで停車した車内で、須藤はそんな佑月の顔を見て柔らかく微笑んできた。初めて見たその表情に佑月は驚き、そして見惚れるようにして目が離せなくなっていた。しかし信号は変わり、須藤の顔も前方へと戻されてしまう。佑月はこっそりと、大人の男という魅力溢れた須藤へと、羨望の眼差しを注いでいた。須藤の微笑に、切なげな色が含まれているとも知らずに──。
「みんな、今日もお疲れ様」
「佑月先輩こそお疲れ様です」
退院してから一週間。佑月は【J.O.A.T】のメンバーと、自身の事務所で仕事が出来ることに喜びを感じていた。まだまだ左手は不自由のため、出来る仕事は限られている。その中で、佑月はみんなが動きやすいようにサポートをし、挽回する意味でも張りきって仕事をしている。やはり楽しいのだ。息の詰まる入院生活を送っていたせいか、伸び伸びと仕事が出来る環境は、本当に幸せだと強く感じた。それもメンバー三人と颯、そして須藤の手厚いサポートがあるからだ。
須藤からは自身の部下である滝川という男を、佑月の送迎に付けてくれている。初めこそは遠慮をしていたが、護衛もあると言われてしまえば、佑月は頷くことしか出来なかった。
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