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第68話

 しかし全てにおいて負担をかけているのは、やはり紛れもなく佑月自身だ。自分の意見が通るなどと図々しい事は思っていない。佑月は重い塊を身体から吐き出すように、息をゆっくりと吐いた。 「はい……お手数お掛けしますが、よろしくお願いします」  佑月の返事に須藤は満足そうに頷く。 「あぁ。明後日の夜に医師の手配をしておく」 「ありがとうございます」  礼を言う佑月を、何故か須藤は暫く眺めるように見てくる。どうしたのかと佑月が口を開ける前に、須藤の口が開く。 「どうだ。久しぶりに飲まないか?」  そう言って須藤は隣に座るよう佑月に促す。〝久しぶりに〟と言う言葉が須藤の口から出てきた事に、佑月は内心で驚く。どちらの意味で言ったのか。入院中に飲めなかったから久しぶりなのか。それとも記憶のことはつい忘れて口から出てしまったのか。どちらにしても佑月はそれを口にする気はなかった。余計な事を口にして、記憶がないを理由に、お互いに気まずい空気を作りたくないからだ。佑月は素直に須藤の隣へと腰を下ろした。 「そうですね。もらおうかな」  須藤の傍に寄れば、あの甘いムスクの香りがほのかに香る。佑月は無意識にそれを取り込むように大きく息を吸っていた。 「須藤さん」 「なんだ?」 「いつも凄くいい匂いがするんですけど、どこの香水使ってるんですか?」  須藤が一瞬驚いたような顔を見せたため、佑月は何か変なことでも言ったかと首を僅かに傾げる。だが須藤の表情は直ぐに優しげなものになった。ホッとしたのも束の間、須藤が不意に佑月へと密着するように身を寄せてきた。 「俺の匂いが分かるのか?」 「え……分かる?」  質問の意味が分からない事もあるが、自分の鼻先が少しでも動けば須藤の首筋に触れる距離にあり、佑月は緊張して固まってしまう。お陰で甘い香りも濃厚さを増す。クラクラと全身の血が沸き上がりそうにもなり、佑月は必死に須藤から離れようと身を捩った。それなのに須藤は逆に逃がさないとばかりに、佑月の腰に腕を回して更に密着してきた。 「ちょ……須藤……さん」 「お前もいい匂いがする」 「っ……」  佑月の首筋に須藤が顔を埋める。一瞬でゾクリと全身の毛が逆立ち、佑月は咄嗟に須藤の胸を強く押した。 「お、俺は何もつけてませんよ」  顔が火照りそうになり、隠すように下を向く。男にここまで近付かれて嫌悪感が沸くどころか、変に意識して顔が熱くなる。〝友人〟という事実があるために、嫌悪感が沸かないのかもしれないが、胸を打ちつける鼓動が速いのはどういうことなのか。こんな事で自分は動揺する(たち)ではなかったはずだ。  困惑のなか、須藤がスっと離れてくれたことにホッとするが、心臓はまだ落ち着かない。須藤に聞こえているのではと、佑月は更に須藤から距離を取った。 「俺も香水などつけてないがな」 「そんな……嘘ですよね?」  せっかく取った距離を自ら縮めて、佑月は須藤の香りを体内に取り込む。やはりとても甘い香りがする。嗅ぎすぎると、身体が蕩けるように弛緩してしまいそうになる。そんな危険な香りだ。 「お前の〝中〟は俺を忘れてないようだな」 「え……?」 「どれにする? あぁ、そう言えばお前は、よくこっそりとこれを飲んでいたな」  佑月に答える気はないようで、須藤は沢山の高級ブランデーなどが陳列している、ガラスのコレクションラックの扉を開けた。

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