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第70話

 押し出そうとする舌は強く絡め取られ、上顎を執拗に擦られる。何がどうなってこんな状況に陥っているのか、酷い酩酊状態の佑月には、考える事も出来ない状態だった。嫌悪感さえも湧く暇もなく、ただ与えられる快感に従順でさえあった。 「ふ……ん……」  呼吸を奪われ、唾液を送られ、苦しいのに極上の快楽。頭の中はふわふわとした浮遊感にありながら、身体は電気が走っているかのように痺れていく。全身に力が入らず、いま自分が立っているのかさえも分からない。ただこの温もりからは離れたくないと、自分の知らない佑月の一部分が訴えているようでもあった。  だがそれは徐々にこれが夢なのか現実なのか、その境界線があやふやとなってきていた。  それを確かめる術がないまま、佑月の意識はシャットダウンしてしまった──。  遠くで高音の電子音が聞こえ、佑月は文字通り飛び起きた。 「っ!? う……痛っ……」  身体を起こした瞬間に酷い頭痛に襲われ、佑月はこめかみを押さえ暫く動けずにいた。その間にも頻りに鳴り響く電子音に、佑月の眉間のシワはますます深くなっていく。 「スマホの目覚まし……」  音の聞こえる方向を辿ると、デスクの上にある仕事用の鞄の中から聞こえてくる。佑月はこめかみを揉みながらのそりとベッドから降り、鞄を開けてスマホを取り出した。音を消した途端に訪れる静寂にホッとするが、佑月はそこで違和感を覚えた。 「あれ……なんでスマホが鞄の中に入ったままなんだ? というか……昨日って確か須藤さんと酒飲んでた……よな?」  そう呟くと同時に、サーっと佑月の顔から血の気が引いていく。  須藤にルイ十三世を強く勧められ、あまりの美味しさにグラス一杯分を飲んだところまでは覚えている。そこからは頭の中に靄がかかったように思い出せない。  自身の身体を見下ろすと、シルクのパジャマを身に着けている。いつ着たのか。いつベッドに入ったのか。そもそも風呂には入ったのか。佑月は混乱しながら、痛くもない左腕のギプスをさする。 「ヤバい……本当に思い出せない。こんな事初めてだ」  酒は強い方ではないが、大学の時に無茶な飲み方もしてきた。それでも二日酔いはあっても、記憶を失った事など一度もなかった。  とりあえず薬を飲まなければ仕事にならないと、佑月は鎮痛剤を手にキッチンへと向かった。胃の中は空っぽだが、少しでも早く薬を飲みたかった。コップにウォーターサーバーの水を入れ、錠剤を口に入れて飲み下す。これで暫くすれば頭痛はとれるだろうと、佑月はホッと息を()いた。先ずは顔を洗って朝食を作ろうとキッチンを出た時、ちょうど須藤が部屋から姿を現した。 「あ……お、おはようございます」  昨夜のことで須藤には大変な迷惑を掛けたはずだ。怒っているのではと逃げたくなったが、その前にきちんと礼と謝罪はしなければと、佑月は先に頭を下げた。 「須藤さん、昨夜(ゆうべ)はすみませんでした。俺──」 「大丈夫か?」 「え……?」  咄嗟に顔を上げた先の須藤は、朝なのに寝ぐせもなく、むくみだってない完璧ないい男全開だ。怒っている様子もない。むしろ柔らかい空気さえ感じる。その途端安心したかのように佑月の肩から力が抜けていく。 「お前、あの酒を一人で開けただろ。あれは口当たりはいいが、かなりキツイ酒だからな。珍しくかなり酔っていた」  須藤の話を聞きながら、またしても佑月の顔から血の気が引いていった。 「ちょ、ちょっと待ってください。一人で開けた? あのルイ十三世?」 「あぁ……覚えてないのか?」  須藤の眉がピクリと動く。僅かに空気が変わったが、佑月はあの高級ブランデーを一人で開けてしまったことに衝撃を受け、そこに気が回らなかった。

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