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第71話

「すみません……。一杯分飲んだところまでは覚えてるんですけど。そこから全く……」 「そうか……」  須藤は落ちている前髪を掻き上げた流れで、額を押さえる。そして佑月の顔を見ながらため息を吐いたため、ビクリと肩が跳ねてしまった。 (あー……これは絶対やらかしたな……) 「あの、もしかして昨日……吐いたりしました? それか泣いたりとか絡んだりとか……」  挙句にくだを巻いてたりしたら……想像しただけで卒倒しそうだ。それだけはないと言ってくれと、勝手な自分に辟易としながらも強くそう願う。 「どれもないから心配するな」  きっぱりとそれだけ言うと、須藤は洗面ルームへと向かう。 「本当ですか?」  広い背中へと問い掛けると、須藤は前を向いたままだが「あぁ」と返事をする。須藤の事だから嘘は言っていないだろうと、佑月はホッと安堵の息を吐いた。が、安心するのはまだ早い。佑月は須藤の後を追う。 「俺、自分で着替えたのかさえも覚えてないし、ベッドにいつ入ったのかも覚えてないんです。それでもしかして……」 「風呂にはいつものように俺が入れてやった。パジャマも着せてやったし、ベッドへと運んだのも俺だ」 「あ……あ……」  佑月は決して喘いでいるわけではない。頭の片隅にあった認めたくなかったものが、いま明るみになり、佑月はショックを受け言葉が直ぐに出てこないのだ。息を吸って、吐いてと呼吸を整え、佑月は勢いよく須藤へと頭を下げた。 「本当に……本当に、重ね重ねすみませんでした!」  もう泣きたい気分だ。もしくはここで意識を失ってしまいたい気分だった。風呂まで入れてくれたと言うが、その時佑月は意識があったのか、それとも寝落ちた状態だったのか。確かめるのが怖い。しかし今それを知ったところで、須藤に多大な迷惑をかけた事には変わりない。 「そんな事で詫びる必要はない。早めに止めなかった俺が悪かった」 「須藤さん……貴方いい人過ぎる」 「いい人? 初めて言われたな」  須藤が複雑そうに眉を寄せるが、佑月は必死に頭を振る。佑月がどんな醜態を晒そうとも、須藤は恐らく嫌な顔をせず受け止めてくれる。とてつもなく懐が深い男。そうでなければ、風呂に入れるなど面倒なことは絶対に出来ないはずだ。 「まぁ、俺としては」  そう言葉を一旦区切った須藤が、突然佑月へと身を寄せてきた。 「え……」  驚き過ぎて固まる佑月の身体は、須藤の大きな身体にすっぽりと埋まってしまう。密着するせいで須藤のいい香りも相まって緊張がピークだ。 「──残念だったな」  耳元で囁いた須藤はスっと身体を離す。その右手にはバスタオルがある。佑月の後ろにはラックがあり、そこから須藤はバスタオルを取っただけだった。 (なんだ……ビックリした)  いちいち距離が近くて、須藤のパーソナルスペースの狭さに戸惑う。その中で最初の方が聞き取れなかったが、須藤が気になる言葉を言っていた。 「残念って……?」 「一気に酔わせてしまったのが、残念だったということだ」 「それは須藤さんのせいじゃ……って、え!?」  佑月の目の前で突然須藤がガウンを脱ぐ。パサリとガウンが床に落ち、そこに立つのは全裸の須藤だった。驚愕に目を見開く中、佑月はハッと我に返る。ガン見していた視線を引き剥がして、慌てて後ろを向いた。 「す、すみません! シャワー浴びるんでしたか。お邪魔しました」  脱兎のごとくキッチンへ逃げ込むと、佑月はその場でへたり込む。 「え……あれで平常時? ウソだろ……デカすぎだし……」  無駄な贅肉など無く、鍛え上げられた厚い胸板に彫刻のように美しく割れた腹筋。腰の位置も高く、手足が長い。そして黒々とした茂みには、張り合う気力さえも失われる程の、立派過ぎる男根が鎮座していた。  あれで何人の女、あるいは恋人を啼かしてきたのかと下品な想像をしてしまい、佑月は頭をブンブンと振った。 「……とにかく早くご飯の用意をしよう」  それから佑月は無心に……とはいかない中、二人の朝食を用意し、一緒に食べて、一緒にマンションを出た。朝からショッキングなことばかりで、佑月は須藤の心情を察する余裕などなかった。あったとしても〝今の佑月〟には二人で培ってきた深い絆がない。だから言葉通りに受け取ることしか術がないのは、仕方なかったのかもしれない──。

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