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第72話

 午前の仕事を終え、佑月は事務所に戻る途中のコンビニで買った弁当を食べながら、一人パソコンの画面を見つめる。記憶がない一年分の依頼。何度も見たが佑月は時間が出来ると、何か思い出さないかとつい画面を開けてしまう。 「ここがな……」  十二月の依頼内容が、ほぼ無記入状態ということが気になって仕方がなかった。陸斗らに訊ねはしたが、師走の時期で忙しくて記入する暇がなかったのではと言われた。その時は佑月も陸斗に合わせて納得して見せたが、やはり内心では全く納得出来ていなかった。何故ならその返答が、妙にあっさりとしていたからだ。逆に佑月の中で違和感が生まれた。陸斗らなら、必ず何があったのか一緒に思い出すなり、調べてくれるなりしてくれるはずだからだ。  そして佑月自身にしても、どんなに忙しくても受けた依頼などは必ず詳細に残しておく。それなのに半月近くもの記載が抜け落ちている。  佑月は頭を抱えるようにして、頭の傷痕を掻く。最近縫い跡が痒くて仕方なく、佑月は時々思いっきり掻いては血を滲ませてしまうを繰り返している。頭を洗う時に少し滲みて、須藤にはかなり心配をかけている。 「また……掻いてしまった」  僅かな血が付いてしまった指先を見て溜め息を吐きつつ、ティッシュで血を拭う。そして再び画面を見つめる。 「本当にこの時の俺、どうしたんだ……」  海斗が書籍を預かった依頼の記載はあるが、終了日時や詳細の記載がない。一体何があったのか。この依頼は無事に終了したのか。全く思い出せない事がもどかしい。 「はぁ……ダメか」  今日も全く掠りもしない事に、佑月は思い出す事を諦めて画面を閉じた。必死になっても思い出すことが出来なければ、辛い上に過度のストレスがかかってしまう。だから一日一日、思い出さなければ、直ぐに切り上げることにしている。  弁当を食べ終わり、ゴミとなった弁当箱を捨てようと椅子から腰を上げた時、デスクに置いていたスマートフォンが振動した。LINEからの着信通知音。佑月はスマホを手に持つと画面を確認した。 「あ、村上さん」  午前中に、時間が出来た時に連絡下さいとメッセージを送っていたのだ。それを昼休憩だと思われる時間に気づいて連絡してくれたようだ。佑月は直ぐに通話マークをタップする。 「もしもし、お忙しい時に電話ありがとうございます」 『いや、全然構わないよ! 連絡貰えて嬉しいし。あ、もしかして飲みの誘い?』  弾んだ声を聞かせてくれ、村上の言葉に嘘がない事が分かる。しかし今から伝える内容の事を思うと気が重くなる。だがこのまま渋っていても仕方がないと、佑月は重い口を開く。 「いえ……実は……」  これから病院へ通うことなくリハビリを受ける事になった経緯を、佑月は説明した。 『そっかぁ……。そのご友人は本当に成海くんの事を想ってくれているんだね。わざわざ往診してくれる医者を頼むなんて、なかなか出来ないよ』  佑月は敢えて、いつも付き添いに来てくれている須藤の事とは言わなかった。何となく言いづらいものがあったのだ。その理由を明確には説明出来ないが。 「うん……。でも村上さんには入院中から本当に良くしてもらったから、申し訳なくて」 『成海くんが申し訳なく思う必要なんてないよ。遠くまで通院する事を思うと、成海くんの負担が減らせるんだから療法士の立場で言うと良い事だよ。まぁ、本音言うとリハビリの時間で会えなくなってしまうのは凄く寂しいけど』  笑って誤魔化すように言う村上だが、声の調子からして本当に寂しいと感じてくれている事が伝わった。 『あ、そうだ! オレ今日は早く終われるんだけど、成海くん夜に予定なかったから今晩会わない?』  妙案を思い付いたように村上は元気に訊ねてきた。

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