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第75話

 そして佑月は支倉正親へと視線をもどした。色んな人間を見てきた目は、自信に満ち溢れている。とても加害者の親がする目ではない。 「俺に何か用ですか?」  佑月は僅かに眦を上げて言う。 「いい目をしている。まだ事務所があればスカウトしているのに。と、今日はそんな話をしに来た訳ではなくて、愚息のしでかした事を君に謝りたくてね」  支倉は椅子から腰を上げると、佑月へ深々と頭を下げた。周囲の客は何事かと佑月らに注目する。 「申し訳なかった」  頭のてっぺんを佑月に見せ、暫く顔を上げない支倉に、佑月は顔を上げて欲しいと言う。静かに顔を上げた支倉の目には、何の感情も見られなかった。 「正直、どうして本人が来ないのかと残念でならないです。もう成人だってしてる大人と言える年齢でもあるでしょ? 幼稚園や、小学生の親じゃあるまいし。謝罪する気があるなら本人が来るべきだと思います」  さっきまで全く事情が分からずにいた村上も、さすがに分かったようで、驚愕の表情を浮かべた。それはそうだ。支倉の息子が佑月に重傷を与えていたなど、表沙汰にはなっていない事がいま明らかになったのだから。 「そうしたかったのは山々だったんですけどね……。凌平は、今や全く声が出なくて、話すことが出来ない。しかも糞尿たれ流しで、オムツもしていないとならない。まるで赤ん坊に戻ってしまったようだよ……。だからすまないね」  言葉を失う佑月とは対照的に、支倉はサッパリと、何の苦悩も窺えないような表情だ。被害者である佑月に重くとって欲しくなくて、敢えてそうしているのか。支倉と交流のない佑月に、判断など出来るわけがなかったが。 「……そうだったんですね」 「何故とお聞きにならないのですか?」  少し鋭い目付きへと変えてきた支倉に、佑月は僅かに首を傾げて見せた。 「私は今、自分の事でいっぱいいっぱいなのです。なぜ私が加害者のことを気にしなければならないんですか? 私は殺されかけたのですよ? その質問はおかしいでしょ」 「随分とあの男から大切に想われているのですね」 「何が仰りたいのか、良く分からないのですが」  佑月がいま記憶を失っていることは、支倉には知られたくない。須藤とのことで、何かを探られることも嫌だ。もう答える気はないと、佑月は止めていた箸を動かした。 「……そうですね。お食事中失礼しました。あまり長居すると彼らが飛び掛ってきそうですしね。ここらで失礼しますよ。早く怪我が回復されることを祈っております。どうか今後もくれぐれもお気をつけください」  支倉は慇懃に頭を下げると、最後に何やら口元に笑みを作ると、そのまま定食屋から出て行った。 (何だあの笑みは……)  少し不気味なものを感じて、佑月は無意識に腕をさすっていた。 「あの……成海くん、今の話って」 「ごめんね。せっかくの楽しい夕食が、俺のせいで空気悪くしてしまった。本当に申し訳ない」  心配してくれていることが、ありありと伝わる村上の声。佑月は本当に、申し訳なくて震える両手をギュッと握りしめていた。 「なんで? 成海くんが謝ることじゃないだろ? オレはただ今の奴が許せなくて。謝罪だとか口にしてたけどオレには……」  もっと吐き出したい怒りがあるようだが、自分がここで佑月よりも感情を高ぶらせるのは違うと思ったのか、村上は唇を噛みしめていた。

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