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第76話

「今のことは、世間にも警察にも知られていない事なんだ。聞いてしまった村上さんには悪いんだけど、オフレコでお願いします」 「うん、それはもちろんだよ。成海くんが関わってることだからね。ただ一つ聞いてもいいかな? 言えない事なら、もちろん言わなくていいから」  佑月が頷くと、村上は真剣な面持ちで頷く。 「さっきの人、支倉って名乗ってたし、事務所やスカウトなんかの言葉も出てきた。まだ記憶にも新しい支倉恭平の境遇問題もテレビで騒がれている……。もしかして愚息って支倉恭平だったりするの?」  その問いに佑月は直ぐに首を振った。 「芸能人の方ではなくて、双子の弟の方なんだ」 「そっか……弟の方なのか。こんな酷いケガを負ってる成海くんのことは、病院内では凄く心配の声が上がっててさ、警察も出入りしてたから色んな憶測も飛び交ってたけど……。まさかあの支倉家が関わってただなんて……」  佑月以上に苦悩するように、村上の眉間には深いシワが刻み込まれている。村上には感受性が豊かな面があり、入院中も何かと親身になってくれていた。自分のことのように心配もしてくれていた。だから余計に、村上にはこれ以上心配をかける事は言えない。  その空気が村上にも伝わったのか、村上は少し苦い笑みを口元に乗せた。そしてテーブルの上に乗せていた佑月の両手を、包むように握ってきた。 「オレとしては、もっと成海くんの力になりたい。だから、困ったことがあれば、遠慮なく言って欲しい。友人として、もっと成海くんとは仲を……」  村上の言葉が途中で途切れる。その目線が佑月の頭上よりも上にある。釣られるように、佑月は背後へと振り返った。  佑月の目に入ったのは、庶民的な定食屋には全く馴染まず、浮きまくっている上等な男が立っている姿だった。 「……須藤さん?」 「迎えに来た」  須藤はそう佑月に言うが、須藤の視線は何故か鋭く、しかも佑月を越えて別の場所にあった。佑月が疑問に思っていると、佑月の手を包んでいた村上の大きな手が、突然一瞬ビクリとしたかと思えば、直ぐに手が離れていった。  そのタイミングで、音も立てずに護衛についていた男四人が席を立ち、須藤へと頭を下げて定食屋から出ていく。四人を目で見送った佑月は、とりあえず席を立った。  須藤が現れた事で、店内はかなり異様な空気に包まれている。露骨に見る者はおらず、盗み見するものばかりだ。誰も須藤を直視出来ない。そんな空気を佑月は感じた。 「あの、もう少しだけ……せめて村上さんが食べ終わるまで待って頂けないですか。すみません」  まだ迎えを頼んでいないのに早く来たのは須藤だが、わざわざ来てくれた須藤を無下には出来ない。それにきっと、支倉が来たことを聞いたから来たのだろう。 「あ……成海くん、オレは大丈夫だからさ。せっかく迎えに来られたし、お待たせするわけにはいかないよ」 「でも……」  佑月が戸惑っていると、村上は残りのおかずやご飯を勢いよく掻き込むと、伝票を持って立ち上がった。

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