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第77話
「じゃあ、また連絡するね」
「あ、お会計……」
レジへ進もうとする村上に、佑月が慌てて声をかけるが、その前に須藤が村上の手から伝票を奪ってしまった。
「え……?」
「俺が払っておく」
伝票を奪われた村上は驚いて須藤を見上げる。だが直ぐに村上は、須藤の手から伝票を取り戻そうとした。
「さっきの迷惑代だ」
須藤がそれを阻止するように言う。
「そんな迷惑だなんて……」
「村上さん、ここは俺の奢りという事で! また次の時に奢ってよ」
佑月は村上に微笑みながら、須藤の手から伝票を取った。
「そ、そう? じゃあ次の時は絶対にオレに奢らせてね」
「うん。今日は本当にありがとう。途中はあんな事になったけど、久しぶりに外へ出たって感じで、楽しかった。また近々行こう。帰り気をつけてください」
「ありがとう。じゃあ、また」
何とか納得してくれた村上は、佑月に笑顔を向けてから、須藤へと軽く頭を下げて店から出て行った。佑月は荷物を手に持つと、レジへ向かう。その際須藤に伝票を奪われかける。
「ここには、俺と村上さんで来たので自分で払います」
さすがに須藤も佑月の意思を尊重してくれたようで、大人しく引いた。
支払いを済ませた佑月は、須藤に促されるまま表へと出る。目の前には黒塗りの超高級車が、堂々と横付けされていた。真山が慇懃に頭を下げ、後部座席のドアを開けてくれる。佑月が礼を言って頭を下げていると、須藤に早く乗るようにと腰を柔く押されてしまう。佑月は慌てて乗り込んで、端っこに身を寄せた。
須藤がゆったりとした動作で、車内のシートに腰を落ち着かせる姿は、それだけなのに貫禄があり、かつ官能的ですらあった。佑月はそんな須藤を肌で感じながらも、胸中は複雑なものが巣食っていた。
「迎え、ありがとうございます」
自分が出した振り絞るような声が、更に佑月の緊張を煽ってしまっていた。
「いや、もっと早く来たかったが遅くなった。嫌な思いをさせたな。悪かった」
須藤の声音はあらゆる感情を押し殺したものだった。横目で須藤を盗み見するが、横顔は彫刻のように表情に変わりがない。しかし怒りの感情だけは、何故か佑月に伝わる。
「いえ……須藤さんが謝ることではないです。護衛の方も、たくさん付けて頂いてたので安心できましたので。それなのに、わざわざすみません。本当にありがとうございます。支倉のことは……まさか父親の方が来るとは思ってなかったので、驚きました。一応謝罪に来たようですが。それで……」
少し躊躇いを見せる佑月に、須藤が心配そうに身体を少し佑月の方へと向けた。
「何を言われた?」
その問いに、佑月は少しうつむき加減だった顔を上げ、須藤へと真っ直ぐに視線を向けた。それを受け止める須藤の目は、車中の暗さも手伝って、暗い翳りのようなものが潜んでいるかのように見えた。
「支倉凌平の事です。正直な話、冷たい人間だって思われるかもしれませんが、彼自身がどんな目に遭っただとかは、今の俺には心配する力はありません。だって俺には事件の記憶がまるで無いんです。目が覚めたら大怪我してて、しかも命を狙われていたと、そんなことを聞かされても、いまいちピンとこなくて。何処か他人事のようにも感じて……。こんなに痛い思いをしてるけど」
佑月は、今は痛みを感じない左腕のギプスを摩った。
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