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第80話

「いえ……何でもないです」  裸だからだ。などと言えるわけがなかった。何を意識しているのかと言われたら、慚死(ざんし)する思いだ。 「っ!?」  不意に背中に当たる温かい肌。須藤の厚い胸板が、ちょうど佑月の肩甲骨辺りに密着し、佑月の鼓動は一気に加速しだした。 (な、な、なに? なんで密着!?)  パニックになる佑月の右横から須藤の腕が伸びてきて、シャワーのコックを捻る。もちろん最初の冷たい水が佑月に当たらないよう、須藤はシャワーノズルの向きを変えている。  その一連の流れに、佑月は一人動揺してしまった事を恥じた。男同士なのに、何を意識する事があるのか。そう言い聞かせつつも、やはり普段とは違う。須藤が裸ということが、どうしても佑月に冷静さを失わせていた。 「佑月、座れ」 「……っ」  わざわざ耳元で囁くのはわざとなのか。須藤の低音ボイスは、女性なら腰が砕けていると毎度思っていたが、当の佑月もやや腰にきていたことは内緒にしたいところ。  鏡に映る須藤を絶対に見ないように気をつけながら、佑月のために新調されたバスチェアに腰を落とした。  頭の傷にはいつも細心の注意をしながら、サロン並の絶妙な指圧で髪を洗われる。この瞬間だけはいつも天国にいるような、心地よい気分を味わえるのだ。 「痒いところはないか?」 「はい」  こんな配慮まであって最高なのに、時折須藤が裸だということを思い出し、赤面しかける。今日だけは早くここから解放されたいと、佑月は強く願っていた。 (わぁ……マジで凄い綺麗な筋肉だな……)  バスタブに浸かるよう須藤に言われ、極楽気分を味わいながら、こっそりと須藤が頭や身体を洗う姿を見る。早く解放されたい気持ちはあるが、須藤の裸体があまりにも美しくて、今後見る機会などないだろうからと、佑月は密かに堪能していた。  腕を動かすと、上腕の筋肉が綺麗に連動し、逞しく盛り上がる様が強調されている。背中も佑月とは全く真逆の、男の広い背中だ。広背筋に僧帽筋、背中にはたくさんの筋肉がある。それらにも綺麗に筋肉がついているため、流れるような動きがよく分かった。  しかもここから見る限りでは、シミ一つないように思った。しかし佑月は直ぐにある物が目に入り、僅かに身を乗り出して目を凝らした。 「……傷? つっ……」  そう呟いたとき、軽い頭痛を覚えた。 「佑月?」  髪を流し終えた須藤が、直ぐに佑月の異変に気づき、シャワーを止めると佑月の傍へと寄った。 「どうした?」  心配が滲んだ表情で、須藤は佑月の頬を包んで顔を上げさせた。 「だ、大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけなので。それより、あの……」 「なんだ?」  本当に大丈夫なのかと疑わしげに、須藤の眉間のシワは深い。 「左肩の傷……」  須藤と向き合ったことで、前側にも同じ位置に同じ様な傷痕があることに気がついた。佑月はそっと手を伸ばすと、その傷痕に触れた。  縫った痕と、貫かれた痕。何か細長い物で貫かれたのか。それとも……銃で撃たれた痕なのか。古傷とまではいかない。比較的最近できた傷痕だ。

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