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第85話

 だからと言って、佑月が須藤のモノに触れて出してやると考えた時、それは無理だと頭を振った。 (だってなんか須藤さんって、全体的に凄く色気があって……エロいって言うのか……)  とても怖そうで近寄り難い雰囲気もあるのに、佑月と二人の時は、空気がガラッと変わるのだ。柔らかい空気を纏いつつも、フェロモンがダダ漏れになっている。そんな相手に、こちらから奉仕のような真似をするなど出来るわけがなかった。  佑月は悶々としながらも、とりあえず風呂から出てパジャマに着替えた。そしてリビングには立ち寄らず、真っ直ぐに自室へと向かう。  おやすみと声をかけるべきなのだろうが、今は顔を合わせづらく、心の中で謝罪してからおやすみと言った。  ベッドに倒れ込むと、途端にさっきのシーンが鮮明に蘇り、佑月の頬は熱を帯びる。 「その前に……俺は何で抵抗しなかったんだ? おかしいと分かってて」  それによく思い出してみると、須藤と目が合ったとき、あれは友人を見る目ではないと違和感さえ感じていた。それなのにろくな抵抗もせず、須藤に触られていた。  男に性的に身体を触れられるなど、嫌悪感しか湧かないのに。吐き気だって催す。それは佑月がゲイではなく、ヘテロだからだ。偏見は一切ないが、それが自分に降りかかると困るのだ。過去にも何度か痴漢にあったときや、襲われかけたこともある。その時の事をいま思い出しても、一気に悪寒が走る。それほどに、どうしても受け付けないものがあるのだ。それなのに須藤には、一切嫌悪感が湧かなかった。  何でなんだと考えていたとき、ふとある考えが浮かんだ。 「もしかして……」  これまでに不快な思いをさせられた男らは、自分の快楽のために、性を剥き出しにする明確な〝嫌らしさ〟があった。気持ち悪いと表現したくなるようなものだ。しかし須藤には一切それがなかった。自分の欲求を押し付けるような事はせず、佑月への思いやりのようなものがあった。 「でも、例えそうだったとしても、自分が拒否らなかった理由にはならないよな……。それに須藤さんには恋人がいる……」  佑月は枕に顔を埋めて「あーー」と叫ぶ。何を考えても混乱するだけだ。全く正解に行き着かない。  一番分からないのは自分の事だった──。 「お、おはようございます」  そっとリビングの扉を開けて佑月は中を覗く。須藤はまだ起きていないと思ったが、ソファに座ってパソコンのキーボードを叩いている。ワイシャツ姿にスラックス。もういつでも仕事に出られるという姿だ。  須藤は佑月に気がつくと、直ぐにパソコンを閉じてしまった。 「おはよう。話がある。ちょっとこっちに座れ」  昨夜のことはまるで頭にないような、いつもと全く変わらない態度。ここを開ける前はめちゃくちゃに緊張して、何度深呼吸したか分からない程だったのに、かなりの拍子抜けだ。いや、須藤は初めからそうだったではないか。こちらが過剰に気にしていることでも、須藤は全然気にも止めない。そう分かっていても、やはり佑月のメンタルは削られてしまう。それに、改まって話とはなんだと佑月の緊張はまたぶり返してしまった。

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