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第86話

「は、はい」  待たせて良い事は何一つない。佑月は顔が引き攣らないように意識しながら、須藤の対面のソファに腰を下ろした。  須藤の肌ツヤはいい。しっかり寝られたようだと佑月はひそかに安堵する。 「昨夜は寝られなかったのか?」 「へ……!? い、いや、ちょっと」  まさか自分にも、同じタイミングで問われるとは思ってもおらず、佑月は素っ頓狂な声を上げてしまう。  須藤が真っ直ぐな視線を寄越してくる。嘘をついてもバレてしまうのだが、どうしても素直に言葉が出てこない。 「疲れた顔をしている。何か悩みがあるなら遠慮なく言え」 (疲れた顔って……貴方が原因でもあるんですよ!! あんな事し合ったのに、忘れたのか!)  内心で思いっきり毒づいて、表面ではにっこりと微笑む。須藤の眉が訝しむように歪むが、佑月は見て見ぬふりをした。  須藤は絶対に自分が原因だとは思わないのだなと、佑月は逆に笑えてきさえした。 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。それでお話とは?」 「あぁ」  須藤は脚を組み換えながら、佑月の些細な表情の変化も見逃すまいと、まじまじと見てくる。この目が怖いのだ。全てを見透かされそうで。 「今日は俺の知り合いの病院に、佑月を連れて行こうと思ってな。午前中の仕事は入ってるか?」 「午前中は、俺の仕事は入ってませんが……。病院へですか?」  深く追求されずにホッとしたものの、須藤の言う病院とはどういう事なのか首を傾げた。 「病院と言っても、正規のとは言えないが。どんなものでも診ることが出来る、腕のいい医者だ」 「はぁ……つまり、もぐりってことですね……」  佑月は軽く息を吐いて肩を竦めた。 「言いたいことは色々あるだろうが、ここは我慢して欲しい」  須藤が少し頭を下げたように見えた。見間違いかもしれないが、それ程の気持ちでいるのかもしれない。軽い考えでそう言ったわけではなさそうだ。  もぐりの医者に診てもらうなど、気分的に決していいとは言えない。だけど、ここで佑月が嫌だと反発すれば、須藤の手を煩わせてしまう。身辺警護のこともあるため、我儘など言っていられない身だからだ。 「分かりました。メンバーに連絡だけさせてもらいます」 「あぁ」  佑月は直ぐに陸斗へ電話をかけて、準備を始めた。迎えが来たマイバッハに乗り込み、佑月にとっては未知の病院へと向かう。その車中は静かで誰も言葉を発しない。運転席とは区切られていないため、二人きりの空間よりは幾分マシかもしれないが、何とも表現し難い空気が流れている。 「痛みはどうだ?」  突然話しかけられ、不意打ちを食らった佑月の身体は、失礼ながらもビクリと肩が僅かに跳ねた。嫌な気持ちにさせたかもしれないと、謝ろうと須藤へと顔を上げる。だが須藤の顔は佑月の想像を裏切り、とても優しいものだった。途端に肩から力が抜けていく。 「痛みはもうほぼ無いです。頭の傷も完全に塞がってますし。ただここは髪が生えてこないから、禿げになってしまいますね」  苦笑いを浮かべて言う佑月に、須藤は少し笑みを見せながら佑月へと距離を詰めた。そして佑月の頭に手を乗せると、傷のある右側後頭部に指で優しく触れてくる。五センチ程の縫った痕、少し盛り上がった傷に須藤の指が触れた。しかし所々、神経が切れてしまっているのか、感覚のない箇所があった。

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