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第90話
「そもそも俺が、須藤さんに甘えて抱きつくとか想像出来ないですよ」
「想像出来ないなら、これから甘えてくればいい」
「え? 須藤さんも冗談言うことあるんですね」
肩を揺らして笑う佑月を見つめる須藤の目は、見守るかのような温かいもの。その目を見ていると、佑月の心はいつもゆらゆらと揺らめき、平静さを保てなくなる。
須藤が佑月へと向ける目は、友人へと向けるにしては、過剰すぎる感情が込められている気がした。それがどういった類いの感情かまでは分からない。だが、颯や双子たちからはそのような目を向けられた事がない。
記憶を失う前の自分は、この目をどのように受け止めていたのだろうか。それを当然のように受け止め、当然のように隣にいたのだろうか。
(いや……違う)
須藤は佑月への負い目がある。大怪我をし、記憶までも無くした。そう考えると、誰よりも細心の気配りや、思いやりを持って接するのは当然だ。
須藤の想いを勝手に推測し、納得した佑月だったが、なぜかスッキリとしない塊があり、佑月は困惑して首を捻った。
「佑月?」
突然顔を覗き込まれて、佑月は驚きながらも、直ぐに須藤へと笑みを向けた。
「はい、どうしました?」
「いや……」
須藤は佑月の異変に気づいて、何か言おうとした様子だったが、諦めたのか直ぐに口元を緩めた。佑月は内心でホッとしながら、何か話題はないかと頭を働かせた。普段なら別に無言のままでも一向に構わないのだが、今は少しでも須藤と話していたかった。
そして車に乗って二十分程経った頃に、佑月はある事に気がつく。
「あれ? そう言えば須藤さん、最近煙草を吸うところを見ないんですが、本数減らしてるんですか?」
「あぁ、つい先日から禁煙している」
「禁煙ですか!? すごい……。だって結構本数吸ってたんじゃないですか?」
実際須藤が佑月の前で吸っていたのは、退院してから三度ほどしか見たことがないが、勝手なイメージでヘビースモーカーだと思っている。
「日にもよるが、本数的にはそんなに吸ってないがな」
多くて一日一箱吸うと言う。須藤の仕事は多忙なため、ゆっくり吸える時間がないらしいが。それでも恐らく長年愛煙家だったなら、かなりの強い意志が試されることだろう。
「どうして禁煙をしようと思ったんですか? 確かに俺からしたら、身体に良いことなんて一つもないから、大賛成ではありますが」
「だからだ。佑月には心配かけたくないからな。やめろやめろと煩く言われる前に、やめておこうと思ってな」
佑月はたまらず噴き出してしまう。
「あはは、なんですかそれ! 俺ってそんなに煩く言いそうですか? じゃあしっかり監視しておかないとですね」
「そうだな。頼む」
「了解です」
二人は顔を見合せ和やかに微笑む。病院へ着くまでの道中は、久しぶりに楽しく会話が弾んだ。
暫くして外の景色は突然と都会から離れ、山道を走るようになった。
「もうすぐ着く」
「もうすぐと言っても、凄い山の中ですよね……」
佑月は草木が生い茂る景色を、驚きながら眺めた。
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