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第91話
五分程前まではまだ塗装された道だったが、今は砂利道になってしまっている。一応普通車が一台通れる広さはあるが、少し心許ない思いに駆られ、不安が混ざってきてしまう。
「医師は平田というんだが、奴は都会の喧騒が嫌いでな。だからわざわざ山の中で一人で暮らしてる。変わってるだろ?」
「こんな山奥に一人で……」
街灯などはもちろんない。日が落ちれば辺りは真っ暗闇になるだろう。自分なら絶対に遠慮したい場所だ。
それから一、二分で病院に着いた。周囲は鬱蒼とした木々が生えているが、建物周辺は駐車場から綺麗に整備されている。失礼ながらも幽霊屋敷のようなおどろおどろしい物を想像したが、目の前の建物は真っ白で洋館に近いものだった。
「お待ちしておりました」
大きな玄関のドアが開き、中から三十代半ばくらいの優しい面立ちをした男が出てきた。
「あぁ、今日は頼む」
「はい。どうぞ中へ」
平田は佑月へ何か言いたそうにしたが、須藤へ視線を向けた時に頷き、直ぐに身を翻した。
もしかしたら、この平田という医師も佑月と会ったことがあるのかもしれない。今の佑月にとっては初めて訪れる病院だ。緊張の面持ちで、平田の後について行くしかなかった。
中へ入ると、ここが山奥で病院だということを、忘れてしまいそうになるほどの内装だった。まるでホテルのようで、通路はベージュの絨毯仕様になっている。靴音も絨毯に吸収され、余計に静かな環境が出来上がっている。
「では成海さん、こちらへ」
「はい、お願いします」
先ずはレントゲンを撮り、平田は骨の状態を確認する。とても、もぐりとは思えないような設備の整いように、佑月は驚きを隠せずにいた。
「ズレた骨は、綺麗にしっかりくっついていますね。釘を抜いても大丈夫です」
「そうか。なら頼む」
レントゲンの撮影時以外、須藤は佑月の傍から離れない。まるで小さな子供に付き添っている母親のようだ。
「お願いします」
佑月が頭を下げると、平田は微笑んで頷いた。
「抜く時は少し痛みがあるかと思います。局部麻酔を使ってもいいのですが、どうされます?」
「痛いのなら、麻酔した方がいいんじゃないか?」
須藤が心配そうに佑月を窺う。しかし佑月は緩く首を振った。
「耐えられない痛みではなさそうだし、麻酔を打つより一気に抜いてもらった方がいいかもです」
須藤が何とも複雑な表情をする。それを見た平田は可笑しそうに肩を揺らした。
「須藤さんでも、そんな顔なさるんですね。驚きました」
「俺のことはいい。佑月に集中しろ。なるべく痛みを与えないようにするんだ」
とんだ無茶振りをする須藤に、平田は軽く肩を竦めつつも、愉快そうに「かしこまりました」と準備をする。
「本当に大丈夫なのか佑月。無理しないで麻酔してもらうか?」
佑月を思って心配してくれている須藤には悪いが、佑月はたまらず笑ってしまった。
「大丈夫ですって! 須藤さんだって麻酔しないでしょ? 多分痛みって言っても一瞬だろうし、今まで入院してた時の痛みを思うと、こんなのなんでもないですよ。心配して下さって嬉しいですけど」
佑月は隣に座る須藤の腕を、心配ないよとポンポンと軽く叩く。須藤は少し渋るような顔をしたが、それ以上口にすることは止めたようだ。
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