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第94話

『いや、それは全く大丈夫だから心配しないで。待ち伏せされて事には驚いたし、マンションまで知られてた怖さもあったけど、本当、話というか忠告されただけだし』  村上に近づき、勝手なことを言ったのは一体誰だ。佑月に二度と近づくなと、そんな事が言える男とは。颯や双子たちには、村上と仲良くしている事などは話していない。普通はいちいち誰と友人になったなど、報告などしないものだから。知っていたとしても、きっと颯らは勝手なことはしない。では誰なんだと、結びつく糸がどうしても考えたくない男へと伸びていく。 『本当は今も伝えるべきではなかったんだけど。相手側もすごく成海くんの事を想っての言葉だったから……』  記憶を無くしている佑月は、今とてもメンタルも弱りきっている。そんな佑月に対して、邪な気持ちを持って近づくのはやめてほしい。その気持ちが露呈してしまう前に、潔く身を引いてくれ。そう村上は告げられたそうだ。 「そんな……」 『多分オレも、友達のままでは不満だと思う日が必ず来ると思うんだ。だからなんて言うのか、早目に区切りを付けてもらえて良かったって思ってる。成海くんと会えなくなるのは、本当に寂しいけど、オレじゃ〝友人〟にはなれないから』  友人にはなれない。その言葉が胸に深く突き刺さり、佑月の眼には静かに涙が溢れていた。だけど泣いている事は絶対に村上に悟られないようにしなければと、佑月は震える唇をグッと噛み締めた。 『だからさ、今後成海くんの顔を見るのはオレとしてはキツくて……。本当、勝手言ってるのは重々承知してる。でも察してもらえると嬉しい。出会いも成海くんは大変な怪我での入院中のことだったけど、短い間でも楽しく時間を過ごさせてくれて、本当に感謝してるよ。ありがとう。これからも成海くんの健康と幸せを遠くからだけど願ってます。お元気でね』 「村上さんっ」  名前を呼んだが、通話は切られてしまっていた。突然過ぎて佑月の心が追い付かないながらも、もう村上とは会えないという事だけは理解出来ていた。辛くて悲しい想いが波のように押し寄せ、佑月は堪らず嗚咽を漏らした。 「う……うっ」  佑月にとっては村上との時間は、颯らとはまた違い、癒しの時間でもあった。趣味の話に花を咲かせたり、怪我の痛みも我慢をしなくてもいい相手は、本当にリラックスが出来ていた。  自分に向けられている好意が友人としてではなかった事は、応えられない佑月にとっては辛いことだっが、何よりも村上を傷つけた事が悲しくて許せなかった。村上とて、こんな形で本人に気持ちを知られたくなかっただろうに。  佑月は思う存分に泣いて、気持ちを少し落ち着かせると顔を洗った。そして佑月はリビングに行き、静かに須藤の帰りを待った。  二時間後の夜十時を回った時間。須藤が帰ってきた。午前中は須藤とのやり取りが本当に楽しかった。もっと距離を縮めて須藤と仲を深めていきたいとも思った。しかし……と、佑月は僅かに震える両手を力強く握りしめた。  リビングのドアが開く。佑月は背中を向けて座っていたソファから腰を上げた。 「おかえりなさい」 「あぁ、ただいま」  佑月の顔を見た須藤の眉が僅かに寄る。 「どうかしたか? 顔色が悪い」  須藤は身近にいる者に対しては、こうして優しさを見せてくる。佑月の傍に素早くやってきたが、自然な流れで顔を見られないように軽く頭を下げた。 「話があるので待ってました」 「話?」  佑月が改まることがほぼ無いため、須藤は少し驚いているようだ。

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