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第95話《亀裂》

 しかし今の佑月には、須藤が驚こうがどうでもいいことだった。 「はい。お疲れのところ申し訳ないのですが、こちらに掛けて頂いてもいいですか?」  声に抑揚がなく、冷たく響く佑月の声。自分でもそう感じるのだから、須藤が何も思わないわけがなく、目に少しの剣呑さが窺えた。  須藤はとりあえず佑月の指示に従ってくれ、ソファに腰をゆっくりと下ろす。そしてネクタイのノットを緩めた。 「改まってどうした」 「須藤さんにお聞きしたいことがあります」 「なんだ?」  対面するソファでお互いの視線が絡み合う。 「村上さんの事です。昨夜村上さんの元に男が一人現れたそうです。須藤さんの関係者ですか?」  回りくどい言い方よりも、単刀直入に訊いた方が話は早く進むだろうと佑月は問う。 「そうだ」 「……」  須藤は関わっていないという、僅かな希望が佑月にはあった。ほんの僅かな希望に縋りたかったのに、やはり関わっていたのかと、佑月の心臓は抉られるような痛みを生む。 「なぜそんな勝手な真似を? 俺がいつ頼みました? 人の想いに勝手に口を出すなんて」 「あの男が血迷うこともある。それにお前はあの男の気持ちに応える事が出来るのか?」  そのセリフに佑月の頭に一気に血が上る。 「これは俺たち二人の事なんです! 関係ない貴方が関わることじゃない!」  佑月は初めて須藤に対して声を荒らげた。須藤はそんな佑月を静かに見ている。静かだが、深い怒りがじわじわと佑月の肌を刺激していく。 「今の佑月を混乱させる負の種は、摘み取っておかないとならない。お前のため──」 「俺のため? 貴方は一体俺のなんなんですか!? 家族でもない、恋人でもない、そんな赤の他人が人のことに首をつっ込んで、とやかく言う資格も、する資格もない!」  怒鳴りつけると佑月は腰を上げ、須藤の顔は一切見ずに自室へと閉じこもった。  佑月の言葉が刃となって、須藤の心に深く突き刺さった事など、当の本人は知らない。須藤という男は、何があっても心など動かされる人間ではないという認識が、今の佑月にあるからだ。ただ今の佑月には、どうしようもない怒りで頭の中がいっぱいであった。  佑月はボストンバッグに、必要なものを乱暴に詰め込んでいく。出来れば今すぐここから飛び出したい。だが直ぐに須藤に連れ戻されてしまう恐れがある。だから今は我慢だと自身に言い聞かせた。 「なんで……なんでだよ……。せっかく上手くやっていけると思ったのに」  どうしても許せない気持ちが渦巻いてしまう。村上の気持ちに、佑月よりも早く気付くことが出来るのに、なぜ思いやりのない行動に出られるのか。佑月の事を想ってしたと言うが、他人を傷付けていい話ではない。村上は伝える気がないと言っていたのに、わざわざ掻き回す真似。悪意があるとしか思えなかった。  例え村上が佑月への想いを告げてきたとしても、自分で対処くらい出来る。  どこまでも須藤は佑月を庇護下に置きたいのか。それとも本当は佑月が煩わしいのか。だから佑月の安息の場所を奪おうとしたのか。しかし須藤がわざわざ回りくどい事をしたり、ネチネチと追い込むような事をするとは思えなかった。煩わしいのなら、一気に放り出すだろう。  ならなぜ須藤は人の友人関係を壊してくるのか。考えたくないのに、須藤のことがぐるぐると佑月の脳内を犯し続けていた──。

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