96 / 198

第96話《Background》

◆  一人になったリビングのソファで、須藤はネクタイを解くと、そのまま放り投げた。頭を背もたれに預け、眉間を揉む。  こうなる事は須藤も分かっていた。佑月は情に厚く、人との関わりを大事にする男だ。村上のことも、佑月は純粋に友人として見ていただろう。だから余計に今回の事は許せず、初めて須藤に激昂を見せた。  分かってはいても、どうしても佑月に近付く人間が許せないでいた。男というだけでも、腹立たしいのに、あろうことか佑月に好意を寄せている。本当ならば、肉体的にも精神的にも究極まで追いつめて、二度と佑月に近づかせないようにしたかった。だが、さすがにそれは、佑月の反感を買うどころの話では済まなくなる。だから自分では動かず、部下に任せたのだが。 「結構……くるな……」  ボソリと呟き、須藤は天井の一点を見つめる。佑月と出会ってから、須藤の氷のように冷たい心は、徐々に溶けていき、佑月の言動にかなり心を動かされてきた。胸が痛むことも、初めて佑月に対して抱いた感情だ。それが今夜は胸が抉られるように傷んだ。  あんな顔をさせたかったわけではない。自分が胸を痛める権利もないことも分かっている。だが〝恋人でもない〟という言葉は、今の佑月には当然の認識でも、言葉にされるとこんなにもこたえるものなのかと、須藤は痛みを緩和させようと長い息を吐き出した。  シャワーを浴びて、とりあえず気持ちを整えようとソファから腰を上げた時、無機質な音が須藤の耳に届いた。佑月がハンガーに掛けてくれたジャケットのポケットから、スマホを取り耳にあてる。 『お疲れ様です、真山です』 「あぁ、どうだった?」 『支倉が詫びを入れてきました』 「頭の弱い者の典型だな」  須藤は小馬鹿にして鼻で笑う。須藤が傍にいない弱い立場の佑月の前では、大きな態度でいられたのだろう。支倉は佑月に、まるで脅すような口振りをしていたようだ。近くにいればもっと速くに駆け付けられていたものを。悔やんでも遅いが、どうしてもやり切れない思いが募った。  支倉個人が今後何かをしてくるとは思えないが、須藤に喧嘩を売ればどうなるかぐらいは、しっかりと解らせてやらないとならない。その結果、支倉は取り乱したように許しを乞うたようだ。親子共々、楽な死に方は出来ないと警告されれば、大人しくせざるを得ないだろう。  桐谷の方は、直ぐに日本最大の組織、原口組の会長が須藤のために動き、朱龍会の会長と話をつけたようだ。 〝お前の好きなように動け〟と組長の原口は須藤にゴーサインまで出してきた。朱龍会も大きな組織であるため、若頭相手に簡単に手を出すことは困難だが、須藤なりに手は考えてあった。しかし正直に、原口の協力は大いに有り難いことだった。素直に須藤も恩恵を受けることにしたのだ。  きっと桐谷は動くだろう。凌平(我が子)のために。  須藤は真山からの電話を切ると、次に滝川へと連絡を入れた。そして連絡が済むと、シャワーを浴びるためにリビングから出るが、足が勝手に佑月の部屋へと向いていた。ドアレバーを握る手前で、須藤は拳を握った。きっと今は最も顔を見たくない時だろう。  扉の先にいる佑月を暫く思ってから、須藤は踵を返した──。

ともだちにシェアしよう!