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第97話

◇  朝九時になり、佑月は自室から出て、洗面ルームへと向かう。須藤は八時過ぎに出ていった事をちゃんと確認した。  朝食の用意も、見送りもせず、佑月はずっと部屋に閉じこもっていた。どうしても、今は須藤の顔を見たくない気持ちが(まさ)ってしまっている。申し訳ないと思うよりも、まだ怒りが佑月の心を占めているからだ。  佑月は鏡に映る寝不足の顔を見つめながら、ため息を吐く。  昨夜は何度も村上ともう一度話したいと、格闘していた。しかし村上は自分の気持ちを言って、もう会わないと言っている。応えることが出来ないくせに、一体何を話すというのか。逆の立場なら、応える気がないなら放っておいて欲しいだ。余計な期待は持たせないで欲しい。でも佑月からすれば、あまりにも突然過ぎて、気持ちは混乱するばかりだった。  だがずっと村上の事を考えているわけにはいかない。仕事がある。気持ちを切り替えないとならない。冷たい水で顔を洗うと、気分も少しはスッキリとした。左腕のギプスも、取れたお陰でかなり楽だった。左腕を見つめていると、また気持ちが沈んでいき、佑月は直ぐに頭を振る。 「でも……お礼はちゃんと伝えておかないと。色々世話になったんだから……」  部屋に戻ってスーツに着替えると、佑月は村上に最後のメッセージを送った。見てくれないかもしれない。もうブロックもされているかもしれない。だけど、直接言えないなら、メッセージで伝えるしかなかった。 「ありがとう……村上さん」  佑月はメッセージを送信したあと、スマホを胸に当てた。見てくれることを祈って。  身支度を素早く整えると、佑月はボストンバッグを手に持ち、マンションの玄関を開ける。いつも滝川は十時半に迎えに来てくれる。それまでに佑月はマンションを出ておきたかった。九時半の時間ではさすがに滝川もまだ来ないはずだ。  エレベーターを降り、マンションの外へ出ると、佑月は我が目を疑った。 「なんで……」  白い高級車が一台、マンション前に止められており、佑月の姿を認めた運転手が直ぐに降りてきた。 「おはようございます。成海さん」  慇懃に頭を下げてから、男は僅かに困ったような笑みを見せた。 「滝川さん……どうして」 「申し訳ございません。時間まで部屋にお戻りなるか、車に乗って頂くかのどちらか、お選びになって下さい」  それ以外の選択肢は絶対にないのだと、滝川は言っている。だが佑月は首を振った。仕事としてわざわざ来てくれている滝川には悪いが、従うわけにはいかない。 「すみません滝川さん。どちらも従う事は出来ません。ここからタクシーで行くので大丈夫です」  滝川の脇をすり抜けようとしたが、直ぐに大きな身体で立ちふさがれてしまう。佑月は思わず眉根を寄せる。 「なりません。須藤様と何があったのかは存じません。しかし須藤様の大切な御方を、お一人で行動させるわけにはまいりません。脅すわけではございませんが、今は特に周囲もピリピリしております。成海さんの身の安全のためにもご協力願います」  滝川が深く腰を折る。周囲を行き交う者は、何事かと二人を見ていく。

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