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第98話

 あまりにも佑月らは目立った。高級車の前で、ガタイのいい男が美人に頭を深く下げるなど、ネタにしかならない。 「……滝川さん、とにかく頭を上げてください。車に乗りますので」  佑月は仕方なく車に乗る方を選ぶ。これ以上滝川に恥をかかすわけにはいかない。また部屋に戻って待たす事も出来ない。ならば乗る選択しかない。このまま走り抜けたとしても、滝川に追いかけられ、直ぐに捕まえられてしまうし、余計に目立つ。  佑月は滝川に礼を言ってから車に乗り込んだ。須藤の部下として動く滝川の仕事を、無視するわけにもいかないし、申し訳ない思いもあるが、佑月の心中はモヤモヤが増すばかりだった。 「今日はお戻りにならないおつもりですか?」 「え……?」  いつもの朝の風景が流れる車中で、滝川が佑月へ問いかけてきた。ルームミラー越しからの滝川の視線は、佑月の脇に置いているボストンバッグにある。佑月もチラリとボストンバッグに視線を向けてから、滝川へと頷いた。 「はい。もう戻るつもりはないです。どこか部屋を探します」 「……成海さん、それは無理です」  佑月を慮りながらも、滝川はきっぱりと言う。 「不動産関係は全てこちらが管理することになります。何度も申し上げますが──」 「分かってます。きっと何処も借りる事が出来ないだろうなとは思ってましたので。だから今日だけは……今日だけは見逃して頂けませんか?」  佑月も須藤のマンションからは出られない事は分かっていた。どこかアパートを探すにしても、絶対に須藤の力が各方面に及び、借りることが出来ないことも。佑月が勝手な行動をすれば、護衛についてる者に迷惑を掛けることも。だけど今日くらいは須藤と離れる時間が欲しかった。 「お願いします。滝川さんにもご迷惑をお掛けすることになってしまいますが、どうか今夜だけ」  佑月は後部座席で滝川へと頭を深々と下げた。暫くの沈黙の後、滝川は「そうですよね……」と小さく呟く。 「今の成海さんは、とても窮屈な思いをされていると思います。今でも全く許す事が出来ない忌々しい支倉に、大切なお命を狙われ、お身体の負傷に記憶までも奪われ……。私も言葉では言い尽くせない程に……腹立たしい思いでいっぱいです」  言葉を選んで話してはいるが、滝川のダイレクトな感情が佑月へと伝わってくる。  須藤の部下。命令で動かざるを得ない部下。そういう認識しか佑月にはなかった。とても親切にしてくれ、退院後も佑月の身体を気遣ってもくれていた。でもそれは須藤の部下だから、主人の友人だからだと思っていた。でも少なくとも今の滝川の言葉は、滝川個人の想いが表れていたように佑月は思った。記憶を失う前の佑月は、滝川とは上辺だけではなくて、それなりの信頼関係とは大げさだが、それに近いものがあったのかもしれない。 「だから成海さんには、快適に過ごして頂きたい思いがあります。成海さんが一日で、またお戻りになって下さるのなら、私もご協力させていただきます」 「あ……ありがとうございます……!」  佑月は嬉しさを噛み締め、再び頭を下げた。

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