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第99話

 これは上司の命令に背く行為だ。滝川を巻き込んでいい話でもない。だから佑月は滝川が叱責を受けないように、須藤へとメッセージだけは入れておくことにした。  本当ならば、出ていく者が律儀に連絡をするのもどうかと思うし、本音は黙って出て行きたかっただ。でも須藤の周りはそれを許してはくれない。昨夜、支倉が接触してきた事もある。佑月はいつでも、簡単に奴らの餌食となりうる存在だと、痛感した出来事でもあった。だから何も連絡もせずに、勝手な行動は慎まないとならない。  モヤモヤと苛立ちは、相変わらず佑月の中に巣食っているが。  須藤から直ぐに返事があり、佑月は緊張しながらもメッセージを開いた。 《分かった。護衛には滝川もつける。すまない》  淡々とした返事のなかで、最後には謝罪の言葉がある。何についての謝罪なのか。今は考えることをやめて、滝川にこの事を告げた。 「かしこまりました。須藤様に連絡して下さったのですね。ありがとうございます。ではまた夜に事務所の方へ伺わせて頂きます」 「はい……。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」 「いえ、迷惑など成海さんから掛けられたことなどございませんよ! 全てを叶えて差し上げることは難しい事もありますが、ご要望などは遠慮なく申してください」 「……ありがとうございます」  滝川の温かい人柄は、とても須藤の部下とは思えず、どこか村上に似た印象を抱いてしまう。佑月の心は一気に沈んでいくが、気持ちを今だけは切り替え、仕事へと出向いて行った。 「あ、佑月先輩ギプス取れたんですね!」 「ホントだ!」  出勤してきた三人は、目敏く佑月の左腕に気づいて事務机に駆け寄って来た。 「そうなんだよ。やっと自由に動かせる。これで制限もなくなるからホッとしてるよ。本当に沢山迷惑かけたし、沢山のご協力も頂いて……感謝してます。ありがとうございました」  佑月は自身のデスクから腰を上げて、集まる三人に深々と感謝の意を表した。  まだ無茶な仕事はしないようにと、三人から厳重注意を受け、佑月の一日は始まった。  仕事をしている時間は須藤のことも忘れることが出来て、しっかり仕事に打ち込むことが出来る。しかし仕事が終わると、一気に気分が落ちていく。  三人が帰った静かな事務所内。今夜はここに泊まることにした。滝川は隣の空き部屋を使用している。どうやら佑月の知らない一年の間で、この雑居ビルは須藤のものになったようだ。隣は佑月が記憶を失う前は小さな会社が入っていたが、移転したという。 「何もかも須藤さんか……」  佑月の生活は全て須藤の囲いの中。どこまでも佑月の内部まで侵食し続ける男。 「怖い男……」  佑月はぶるりと身を震わせ、頭を振った。一人になると、どうしても須藤の事を考えてしまう。追い出そうとすればするほど浮かび上がる。 「本当に……なんなんだよ」  少しでも須藤を脇に置きたくて、佑月は鞄からスマホを出すと、メッセージアプリを開いた。 「やっぱり……か」  佑月の胸に痛みが走る。今朝村上に送ったメッセージは未読のままだった。いつもなら、この時間にはどんなに忙しくても返事をくれていた。もうブロックもされているのかもしれない。

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