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第100話
「はぁ……」
ソファに横になると、佑月は暫くぼんやりと一点だけを見つめていた。晩飯とシャワーもさっさと済ませておきたい。だがどうにも身体が言うことを聞いてくれない。
もう、村上のことは何をどう考えても、佑月には何も出来ない。するという行為自体がただの偽善にしかならない。自己満足だ。村上に不快感しか与えない。だからこのまま村上が願うように、二度と関わらず、忘れるしかないのだ。
「はぁ……」
ため息ばかりが佑月の口からこぼれる。
須藤はきっと、自分が悪い事をしたなど露ほども思っていないだろう。なぜ佑月が怒っているのかも、本当の意味で分かっていないかもしれない。朝のメッセージでも、佑月がマンションへ帰らないことを了承していたが、それも深刻には考えていないだろう。
「すまないって何だよ……」
昨夜のことを謝っているにしても軽すぎる。イライラし始めたとき、事務所の扉がノックされた。
「成海さん、滝川です」
「はい! いま開けます」
佑月は急いで駆け寄り、鍵を開けようとした。
「あ……ちょっと待ってください。あれをお願いします」
咄嗟に滝川との約束を思い出した。名前を言っても直ぐに開けないようにと、厳しく言われたのだ。そして暗号を滝川に答えさせるようにと。滝川や真山の名前も、裏社会では広く知れ渡っているためだ。
「はい。763122です」
「はい」
正解の数字に佑月は鍵を解錠し、ドアを開けた。その先には背の高い滝川が、軽く頭を下げて微笑んでいた。
「お約束通りになさって下さり、良かったです。ご夕食はどうなさいますか?」
「夕食は……そうですね、コンビニ寄ってもいいですか?」
「もちろんです」
滝川も腹が減っているはずだが、二人でどこかに食べに行く事は、どうやら禁じられているようだ。佑月は須藤の友人というポジションで、護衛の対象でもある。主より仲を深めることは決してしてはいけない。食事に行くくらいと思ったが、線引きはしっかりとしないといけないと言う。
二人で雑居ビルから出ると、滝川は周囲に視線を走らせている。
「では参りましょうか」
「はい」
隣には並ばず、滝川は佑月の一歩後ろを歩く。コンビニまでは徒歩二分。二十一時前の街は、まだ人通りは多い。
佑月はコンビニに着くと、カゴを手に持ち、お弁当、デザート、飲みもの全て二つずつ入れていく。もちろん滝川の分だ。後は必需品を入れていった。そして直ぐにレジへと向かい支払いを済ませた。
その時、店内で女性の小さな悲鳴と、ざわめきが起きる。佑月は咄嗟に身構え、騒ぎの元に注意を向けた。
「く……なんだてめぇ……いてぇ……はなせっ……」
滝川が人相の悪い男の腕を捻り上げている。
「離せっつってんだろーが!」
「黙れ」
暴れる男を容易く拘束し、滝川は男を外に連れ出していった。店員や客がホッと胸を撫で下ろすなか、佑月は緊張していた。
(今のは……ヤクザか?)
一体なにがあったのか考えるまでもなく、確実に佑月が狙われていたという事だろう。一人で行動していたら、危なかった。佑月の買い物袋を握る手は、無意識に力が入っていた。
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