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第106話
公に出来ないと聞いて、須藤の生きる世界のシビアさが伺える。しかし倒れたというのに、ちゃんと設備の整った病院でなくて大丈夫なのかと、佑月は余計に心配になった。
滝川が玄関の扉の鍵を開けると、佑月のために身体を引く。佑月は頭を軽く下げると、逸る思いで須藤の部屋を目指した。
ノックをすると静かに扉が開き、佑月は少し驚く。扉を開けてくれた人物を見て納得した。
「真山さん……」
「成海さん、おかえりなさいませ。どうかボスのお傍へ」
真山へと頷いた佑月は、奥に鎮座する大きなベッドに視線を向けた。
初めて入る須藤の主寝室。以前に一度だけ扉を開けて中を見たことがあったが、中へ入ると須藤の匂いが充満しているようで、佑月は少し軽い眩暈を起こした。しかし、今はそれどころではないと頭を振って、須藤の傍へと寄った。
大きすぎるベッドの中央に、須藤は仰向けで寝かされている。起きているかもしれないという淡い期待は、儚く散ってしまった。
深い陰影を作った目元が、とんでもない疲労を抱えていた事がよく伝わる。
「須藤さん……」
「このように疲労が濃く表れましたのは初めてでして、私が管理を怠ったばかりにこのような事になりまして、大変申し訳ごさいません」
一体誰に対して真山は詫びているのか。どうして真山が詫びるのか。佑月は少し戸惑いながらも、今は須藤の容態が気になって仕方なかった。
「本日もスケジュールは休む間もないものでした。昼過ぎにとある商談が終わり、次へ向かう車にボスが乗り込む時に、強い眩暈を起こされまして、しばらく動けない程のものでした。しかしボスは大丈夫の一点張りで……」
さすがにここ最近の須藤の様子を見てきた真山にとっては、とても見過ごす事が出来なかった。そのため真山は須藤に疲労回復のサプリだと言い、軽い睡眠薬を飲ませたようだ。
「ボスに後で叱責を受けようとも、今は少しでもお身体を休ませて欲しいのです」
「あの……」
佑月が口を開いた時に、部屋の扉がノックされる。真山が佑月に頭を下げてから、直ぐに開けに向かうと、現れたのはやはり平田だった。
挨拶もそこそこに、平田は直ぐに須藤の元へ寄ると、すぐさま診察を開始した。その横で真山が経緯を説明している。
一度佑月も治療してもらった経験もあるため、平田の手際良さは知っている。安心して任せられた。
点滴をつけると、平田は真山よりも佑月へと顔を向けた。
「須藤さんの激務はかねてより存じてます。しばらく動けない程の眩暈を起こされたのは、過労と寝不足が原因として大方占めますが……」
一旦言葉を区切った平田は、少し佑月を窺うように見てきた。何となくその先の言葉が予測できた佑月は、少し俯いてしまう。
「メンタル面がとても弱っていらっしゃるようです。今まで蓄積されたものもございますが、身体に表れる程のことが、きっとおありになったかと思います」
今回の事情を知らない平田は、もちろん佑月を責めているわけではない。しかし佑月は須藤に酷い言葉を言ってしまったこともあり、チクチクと胸が痛んだ。
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