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第112話
真山が直ぐに佑月に気付き、深く頭を下げてきた。
「成海さん、おはようございます。今日のことは、本当にありがとうございます」
「おはようございます。いえ……」
真山に失礼にならないようにと、佑月は一旦自分を落ち着かせ、真山に軽く頭を下げて挨拶を返した。しかし直ぐに佑月の眉間にはシワが復活し、須藤の元へ足早に向かう。
須藤の傍らに立った佑月を、須藤は少し驚いたように見上げている。
「須藤さん、もしかして仕事をしてるんですか?」
「……そうだが」
「申し訳ございません、成海さん。どうしても本日中に目を通して頂きたい案件がございまして」
真山がすかさず佑月の傍へ寄ると、深く腰を折った。その真山を見つめてから、佑月は再び須藤へと視線を戻す。
「休養中に仕事をしていたら、意味がありません! 今日は仕事のことは忘れてください。今日はしっかり休んで体力をつけて、明日から仕事に励めばいいんです。真山さんも、そこはご協力ください!」
「は、はい。申し訳ございません」
佑月の叱咤に真山は恐縮したように、更に深く腰を折った。すると突然須藤が声を上げて笑った。
「何がおかしいんですか! 笑い事じゃないですよ」
「いや……すまない。ただ、こんなに叱られるのは久しぶりだと思ってな」
久しぶりに叱られて笑うのかと、佑月はキッと眦を吊り上げて須藤を睨んだ。目が合うと須藤は僅かに肩を竦めてみせた。
「成海さんの仰る通り、私は本当に配慮が足りておりませんでした。ボス、今日はごゆっくりとご静養なさってください」
「そうする。後は任せた」
「はい」
真山は慇懃に頭を下げて部屋から下がって行った。佑月は真山を見送ると、リビングに戻って、目線をパソコンに向けた。まだガウン姿の須藤は直ぐにパソコンを閉じて、脇へ置いた。
「しかし、何もしないとなると……」
「ベッドで横になってください。貴方は睡眠不足と過労と……メンタルが弱ってたので、不調になってしまわれたんです。だから退屈でも、横になってください。俺も今日は一日付いてますから……」
そう佑月が言うと、須藤は心底に驚いた表情を見せた。ここまで明確に表情が表れるのは珍しいと、佑月の方も驚いてしまっていた。
「仕事休むのか?」
「はい。だって俺がいなくなったら、須藤さん絶対に仕事へ行くでしょ? 現にさっきも仕事始めてるし。監視のためでもあります」
「そうか……」
須藤がそう小さく言うと、少し表情を緩めて、安堵したように全身の力を抜いていく。
やはり休んで良かったと佑月は秘かに思った。佑月が仕事を休んで、丸一日須藤の傍にいるという事は、心底に嫌がっていないという事は伝わるだろう。少しでも須藤の心が落ち着いて欲しいのは、佑月も願っていることだからだ。
「ここで休んでいてもいいか?」
「ここは貴方のマンションです。俺に断りを入れる必要はないですよ。まぁ、本音はベッドでゆっくり寝て欲しいですが……」
自分でも可愛げのない返答になってしまったと反省したが、当の本人はとても穏やかな顔をしていた。
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