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第120話
人を深く想える心があるのに、なぜ村上には思いやる心を持てないのか。それもこれも須藤にしか分からないものなのだろう。
「次はこれを観ましょう」
今度は適当に選んだラブストーリーもの。映画をテレビに映す作業に専念する佑月に、切なさと優しさを孕んだ熱が向けられている。それに佑月は全く気づかない。まさか須藤の愛する人が佑月であるなど、今の佑月には想像すら出来ない事だからだ。
(うーん……これはなんかあまり面白くないな……)
二回目に流している映画は、三十分ほどで退屈になってきた。隣の須藤は終始無言で逆に怖いなと、佑月はチラリと視線を須藤へと向けた。
(あ……寝てる!)
重厚なソファは少し後ろに倒されており、須藤は脚を組み、腕も組んだ状態で落ちていた。
寝てくれたのは嬉しいが、この体勢は好ましくない。
「どうしよう……」
このままソファを倒してしまうのは、須藤の身体が大きすぎるために、頭がはみ出してしまう。せっかく寝たのに、わざわざ起こしてベッドへは気の毒だし、寝られなくなる可能性の方が高い。頭を悩ませていると不意に小さく笑う声がした。何だと須藤を見れば、その目が開いていた。
「え……起きてたんですか」
「少し落ちてたが、佑月の視線があまりにも強くてな」
「そんな……寝てるのに視線とか分かるんですか?」
少しバツが悪くなって佑月は視線を泳がせてしまう。
「視線の種類によって空気が変わるからな。盗み見などは息を潜めたりする事が多いだろ?」
佑月は信じられないと目を見開きながら、須藤へとゆっくり頷いた。
須藤は本当に人間なのか。それとも、空気を読む修練を積んだ達人なのか。佑月の頭の中は、驚きと謎でぐちゃぐちゃになっていた。
「あ、あの、今夜は何食べたいですか? と言っても、ステーキとか特上寿司とか言われても無理ですが」
これ以上、須藤を見ていたことの話題は避けたくて、佑月は無難な質問で話題を変えた。
「スクランブルエッグが久しぶりに食べたいな」
「スクランブルエッグ……ですか」
佑月は驚き、一泊置いてから笑ってしまった。だって見た目は極上のいい男で、ハイスペック過ぎるし、そんないい物ばっかり食べているだろう男がスクランブルエッグと言うのだから。これは笑わずにはいられないだろう。
「そんなに笑わなくていいだろ」
そう言いつつ、須藤は少し愉しそうに目尻を下げている。
「だって、なんか似合わないから。分かりました。それは明日の朝にお作りします。夜は……何かこっちで考えます」
「あぁ、頼む」
「はい」
佑月はキッチンに向かい、買い物した材料からメニューを考える。しかし、その間もスクランブルエッグの事が頭から離れず、気を緩めると噴き出してしまいそうになる。
(ダメだ……思いっきりツボった)
ただの気まぐれに出したメニューにしては、かなり独特なメニューだ。しかも夕食に食べたいとは珍しい。
(まぁ、別にいつ食べてもいい物だけど)
高級ホテルで朝食のメニューで食べたスクランブルエッグが忘れられないだったら分かるが、ふわっふわの物を期待されても困る。
(ど素人の俺に期待なんかしてないか)
佑月は内心でまた盛大に爆笑した。
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