121 / 198

第121話

 夕飯は栄養のあるものを考えて、小料理屋で学んだ経験を存分に活かして作った。須藤は美味しいと言って全て平らげてくれた。  軽い朝食なら退院してから作ってはいた。左腕が使えないせいもあり、まともな料理は作れなかったが。とにかく久しぶりに腕がふるえて、佑月も満足していた。  夜が更けたベッドの中で、佑月は仰臥した状態で天井を見つめていた。  須藤に抱いていた怒りが、今日一日須藤と一緒にいたせいか、だいぶ収まりつつある。  村上が傷ついたことは決して忘れることは出来ないが、村上自身はきっと前を向いて進んでいくだろう。応えられないくせに、いつまでも村上の事を考えることも、村上は望んでもいないに違いない。  とにかく自分も気持ちを切り替えないとならない。佑月はそう決意しながら、精神を酷使したせいか、直ぐに深い眠りへと落ちていった。  朝は六時に起きて、顔を洗って、歯を磨いて軽く身支度を整えていく。鏡に映る自分の顔は、よく寝られたお陰か、顔色も良くなって、肌艶も戻った気がする。  もう梅雨入りをしたとテレビでも報じていた通り、今日は朝からシトシトと雨が降っている。少しジメジメとして鬱陶しい朝だ。  佑月はリビングに入るとエアコンを除湿モードにして、キッチンへ向かう。朝食の準備をしようと冷蔵庫を開けようとした時、リビングの扉が開いた。 「あ……おはようございます。早いですね」 「おはよう。今日は早く出ようと思ってな」 「そうですか……」  佑月は須藤の様子を素早くチェックした。顔色は昨日よりもいい。表情も少しスッキリしたように感じる。佑月は少しホッとした。 「でも朝食は食べてくださいね」 「あぁ、もちろんそのつもりだ」  須藤はそう言って、顔を洗いに行くのか、一旦リビングから出て行った。佑月は直ぐに調理に取りかかった。 「やっぱり美味いな」  髪を整え、ワイシャツにベストを身に着けた完璧な姿で、須藤は言葉通り美味しそにスクランブルエッグを食べている。 「やっぱり? それって記憶を失う前に俺が作ってた……とか?」 「そうだ。特にこれは俺が気に入っているものだ」  懐かしむような切なさを孕んでいるが、嬉しそうが勝っている、そんな表情だ。  いい物ばかり食べてるはずの須藤が、気に入って美味しいと言ってくれるのは、やはり佑月も素直に嬉しかった。 「そう……ですか。じゃあ、また作ります」  少し恥ずかしくなって、佑月はボソリと小さく言うが、須藤にはちゃんと聞こえたのか「楽しみにしてる」と言う。佑月は僅かに下を向いたまま頷いた。  洗い物を終えてリビングに戻ると、須藤がジャケットも羽織って三つ揃いでキメた姿で入ってきた。 「須藤さん、お身体の方はどうですか? 本当に大丈夫なんですか?」 「身体は昨日一日休んで、栄養のある物を食べさせてもらったお陰で、すっかり元通りだ。お前まで仕事を休ませる羽目になったが、感謝してる」  スーツ姿で佑月の目の前に立つ須藤は、昨日までのオフの須藤とは全く違う。

ともだちにシェアしよう!