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第122話
纏う空気も、仕事モードでたるんだ空気が一切感じられない。そうは言っても、普段からも須藤のたるんだ空気など感じた事はないが、でも昨日は僅かにゆったりモードだと感じた。
「いえ……それは。でもまだ無理はしないでくださいね」
「あぁ、分かった」
「行ってらっしゃい」
玄関まで見送って軽く頭を下げる。まだ自然な笑顔が出ずに真顔となってしまったが、須藤は少し目を細めた。
「行ってくる」
大きな背中を見つめていた視界を遮るように、玄関扉が閉まる。
須藤は常に無表情だが、目の奥で何かしら佑月へと感情を伝えているような気がした。〝今の佑月〟は須藤との関係もまだ浅い。でも何故か時々分かる時がある。ただの直感なのか、それとも〝前の佑月〟が関係しているのか、それは分からない。だけどさっきの須藤はとても嬉しそうだと分かった。
これが実は自分の願望でそう見せているなら、かなり恥ずかしいなと佑月は一人で笑った。
佑月が一日ぶりに出勤すると、今日は早くに事務所に来ていた三人に出迎えられた。
「佑月先輩おはようございます」
「みんな、おはよう。昨日は迷惑かけて悪かったね。色々と任せてしまったけど、ありがとう」
佑月は三人に丁寧に頭を下げた。丸一日、自分の都合で休むのは初めてだ。〝前の佑月〟はどうだったかは知らないが……。
「そんなの全く気にしないでください。ただ……須藤さんは大丈夫なんですか?」
陸斗は須藤の名前で声を落とした。佑月は「大丈夫だよ」と陸斗らへと安心させるように微笑んだ。
別に誰かが聞いているわけでもないのに、陸斗が声を落としたのは、やはり心情的に慎重になっているせいだろう。
それは佑月が記憶を失ってしまった一年の間で、事務所内に盗聴器が仕掛けられた事があったようだ。何故そのような事があったのか、大まかな事は一応陸斗らも教えてはくれた。だが何か色々隠されているような気もした。隠されると気になるが、きっと陸斗らも口にはしたくない事もあるだろうと、佑月は訊ねることは控えている。
そしてその盗聴器を仕掛けたのは、須藤の事が好きだった男だという。その男は何度か佑月を危険な目に遭わせていたようだ。その度に、須藤が助けてくれていたらしい。
全く何も覚えていない佑月だが、須藤はずっと佑月を気にして、守ってくれていた……。
色々あったであろう一年を皆と共有しあえないのは、とても寂しい。早く思い出したいのに。この頭は記憶を取り戻してくれるのか。不安で仕方なくなる。
久しぶりに軽い朝礼を済ませて、佑月がパソコンを立ち上げた時、事務所の扉がノックされた。
陸斗が佑月へと頷くと、直ぐに訪問客を出迎えに行った。衝立の向こうから現れたのは、この殺風景な事務所には全く馴染まない派手な女が現れた。
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