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第130話《苦しい心》

 須藤はハンガーに掛かっているジャケットからスマホを取り出し、耳に当て、話し出した。佑月は視線を須藤から握られていた右手首に落した。  強く握られていたわけでもないのに、まだ須藤の手に掴まれているような感覚がする。スルリと撫でられた感触も、生々しく残っている。  須藤は人に触れるのは苦手だと言っていた。それなのに須藤はいつも自分から触れてくる。あの夜だって、好んで触る者などいないであろう男性器を、何の躊躇もなく触れてきた。  つい昨日、須藤のなかの〝友人のライン〟というものを認識したつもりだ。それでも、やっぱり戸惑ってしまい、特別なのではと勘違いをしてしまう。 (違う……)  佑月は二人分の食器を食洗機に入れてしまうと、そのままその場で蹲るように腰を落した。 (違う……勘違いじゃなくて……願望だ)  そう認識した途端、佑月の胸は激しい痛みに襲われた。胸を押さえ、せり上がって来る激しい感情を必死に耐える。 「佑月? おい!」  佑月の異変に気付いた須藤が慌てて傍へと駆け寄り、佑月の肩を包むように抱こうとした。だが佑月は咄嗟にそれを振り払ってしまった。 「あ……ちがっ」  しまったと、佑月は内心で酷く動揺してしまう。須藤も驚いているようだが、どちらかと言えば心配の色の方が濃い。 「ごめんなさい! ちょっと腰が痛かっただけで……。今のはびっくりして……すみません!」  佑月は俊敏に腰を上げると、須藤へと頭を下げ、逃げるように自室へこもった。 「どうしよう……嫌な態度になった……最悪……」  ベッドへ倒れ込んだ佑月は腕で顔を覆った。  須藤が優しく気にかけてくれていたのに、腕を振り払ってしまった。佑月の中では、須藤とはもうわだかまりを無くして、通常通りに戻しているつもりだ。だけどこういう時の相手側は、過敏に反応してしまうものだ。まだ許してもらっていないのではと。そう受け取っていない事を願うが、それも佑月の勝手な願いだ。 「……なんで……今頃になって」  須藤への謝意と、須藤への想いがぐちゃぐちゃになって、佑月の胸は張り裂けそうになる。  気付きたくなかった想い。須藤への恋慕が自分の中に根付いていた。最近やたらと胸がモヤモヤしていたのは、そのせいだった。  いつからなのかは分からない。つい先日までは険悪でもあったのに。きっと知らずに出会った時から、想いは蓄積されていったのかもしれない。それほどに須藤は、佑月がいつも戸惑う程に優しさで包んでくれていた。  だけど、この想いは絶対に成就しない。須藤には恋人がいる。 「……苦し……」  恋とは、誰かを想う事とは、こんなに苦しいものなのかと、佑月を更に戸惑わせていた。学生の頃に付き合っていた恋人と別れる時や嫉妬でさえ、これほどまでに胸が苦しくなることはなかった。 「気付きたくなかった……想ってても辛いだけじゃないか」  佑月の両眼から涙が勝手に流れていく。止めようと思っても止まらなくて、佑月は必死に腕で涙を拭った。

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