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第131話

 暫くして部屋に、ノックの音が響いた。 「佑月、開けていいか?」 (っ!! よ、良くないです!)  心臓が口から飛び出るのではと思うほどびっくりした佑月は、ベッドから飛び起きた。  だけどここで顔を見せなかったら、きっと須藤は更に気にしてしまうだろう。佑月は急いでティッシュで涙と鼻を拭いた。 「佑月?」 「あ……い、今開けます」  佑月は殊更ゆっくりと扉を開けた。 「どうか……されました?」  顔を上げられず、須藤の胸元しか見られない。風呂に入ったようで、バスローブ姿だ。バスローブの合わせから覗く胸板が逞しすぎて、結局視線をウロウロさせてしまう。 「どうかしたのは佑月の方だろ?」  突然顎クイをされて、佑月は不意打ちで須藤の顔を見てしまった。  目が合うと、須藤の眉が僅かに寄っていく。佑月は須藤の目をまともに見ることが出来ず、直ぐに逸らしてしまう。 「泣いていたのか?」  ギクリと内心で激しく動揺してしまうが、恐らく目が赤くなっているのだろう。バレてしまうのは当然だった。 「いえ、泣いてませんよ? 眠くて欠伸ばっかりしてたからだと思います」  ここはどうにか信じてもらおうと、佑月は須藤に視線を戻して、ニッコリと微笑んだ。だが須藤の目は、佑月の深部まで探ろうとしているようで、とてもじゃないが信じてくれる気がしなかった。 「何か俺にまだ言いたいことがあるなら遠慮なく言え。悩みがあるなら、吐き出せ」  須藤の目が柔和に細められていく。須藤の優しさに、佑月の胸には苦い辛さがせり上がってきた。 「……須藤さんに言いたいことは、昨日全部伝えたからもうないです。須藤さんに怒ってるだとか、ムカつくだとか、腹が立つとかだったら全部言います」 「……全部同じ意味だな」  須藤が少し困ったように笑う。佑月もつられて少し笑ってしまう。 「だって須藤さんって、見た目から経済力、包容力、頭脳……何から何まで完璧過ぎますし。その須藤さんに言える事ってムカついた時くらいしか言えないなって」  顎に掛かっていた須藤の指が、今度は佑月の頬を包む。まるで涙の跡を拭うように、親指が頬を滑っていく。意識がそこに集中して、顔が熱くなってくる。顔を隠したいが、この指が離れるのも寂しいと感じて、佑月は一人悶々とする。 「そうか……。なら、悩んでる事は? それなら言えるか?」 「悩んでること……」  考える素振りを見せて、佑月はこっそりと須藤の手のひらに頬を寄せた。須藤への想いを自覚してから、こんな真似をするなど自分が気持ち悪くて仕方ない。だけどもっと触れてほしいと思ってしまう。須藤の一番にはなれなくても、少しでも大切にされているのだという実感が、欲しくて堪らなくなっている。人を好きになると、こんなにも貪欲になるのか。

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