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第133話

「そういう事もあるって言いたかっただけです。ほら、俺は元気なので、須藤さんは安心して寝てください。また明日、おやすみなさい」  須藤の腕を解いて、佑月は温もりから離れると笑顔を向けた。突然話を切り上げられた須藤は、苦笑のようなものを口端に乗せつつも「おやすみ」と言った。そして自室へと向かう須藤の背中を見てから、佑月は扉を静かに閉めた。 「はぁ……」  佑月は扉に背中を預け、暫く天を仰ぐ。そしてズルズルとその場に腰を落としていった。  これからどうすればいいのか。今ならまだ気持ちに歯止めがきく? いや、もう手遅れだ。もう二度と会えないような距離になるなら可能かもしれないが、一緒に住んでいるようなこの環境では、無理に決まっていた。きっともっと好きになっていくに違いない。それほどに須藤という男は、危険な香りを纏うのにとても魅力的で、どうしても惹き付けられてしまう。出会ったことの無い人種という事もあり、どんな男なのか、もっともっと知りたいと思ってしまうのだ。  まるで危険なドラッグのようで、少しでも手を出してしまえば、もう抜け出せない…… 「あれ……?」  どこかで感じた事があるような感覚が、突如と佑月を襲う。 「なに……この感覚。知ってる……ような気がする?」  知っている気がするのに何か分からない。思い出せない。必死に(こうべ)(めぐ)らすが、どうしてもモヤが邪魔をして思い出せないでいた。 「これ……絶対前の記憶だ」  佑月は両手で頭を抱えた。記憶を失ってから、こういった既視感は初めてだ。時々フラリと意識が混濁する時はあるが、こんなに意識がはっきりしている時は初めてだった。 「でも……何と繋がるのかが分からないな……あーーもう!」  モヤモヤがより濃くなっていき、佑月は頭を掻きむしった。  せっかくいい兆候が現れたのに、そう簡単にはいかないということか。 「なにか大きなきっかけがあれば、思い出しそうなのにな」  ふと、もう一度頭をぶつけたら記憶が蘇るのではと、馬鹿な考えが浮かんでしまった。 「ダメだろそれは……」  記憶が戻るどころか、今の記憶が消えてしまう恐れがある。そうなった事を想像して、一気に血の気が引いていく。今のこの記憶が無くなってしまうなど、考えられない。また須藤との関係を一から始めないとならないなんて、ゾッとする。 「でもこの想いだけは忘れてしまいたいかもな……」  佑月は両膝を抱えると、そこに顔を埋めてしばらく動けずにいた。

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