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第134話《Background》
◆
須藤は自社ビルの執務室で、パソコンの画面を見るともなしに見ていた。心ここに在らずな状態なのは、佑月のことばかり考えているせいだ。
昨夜、キッチンで蹲る佑月を見た時は、一瞬頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。本人はもう大丈夫だと言うが、頭を縫うほどの大怪我を負ったのだ。須藤は本人以上に神経過敏になっている。
頭の怪我はとても怖く、数年後に負傷が原因で亡くなるというケースがある。だからあの時、須藤の中ではかなり取り乱していた。しかし佑月は頭が原因ではなかったようだ。安堵したが、別の心配の種が出来てしまった。
佑月を支えようとして触れた瞬間に、拒絶をされたのだ。鉄の心だと言われる須藤も、やはり愛する佑月に拒絶をされると無傷ではいられない。
本人は〝違う〟と謝ってはくれたが。きっと、佑月の心はまだ不安定なのだろう。そう思うようにしたほどだ。
以前のように気兼ねなく、本当は佑月の不安を取り除くために、強引にも話を聞き出したい。だが今の佑月には、それは出来ない。
一旦風呂に入って、気持ちを落ち着かせようとしたが、やはり佑月のことが気に掛かり、結局佑月の部屋へと訪れてしまっていた。
時間を掛けながらもドアを開けてくれた事にホッとした須藤だったが、佑月の顔を見て、また心が大きくザワついた。
泣いていた事が明白である赤い目、赤い鼻。自分の事でまだ心を痛めているのか、はたまた自分以外の事で佑月の心は傷ついているのか。どちらにせよ、佑月の悲しい顔は、須藤にはかなり堪えた。
『何か俺にまだ言いたいことがあるなら遠慮なく言え。悩みがあるなら、吐き出せ』
今は自分の気持ちよりも、佑月の気持ちを優先してやりたかった須藤は、殊更優しく佑月へと口を開いた。
だが佑月からは、須藤に遠慮をしているのか、または何か紛らわせたい事があるのか、本音を聞き出すことは出来なかった。
しかも佑月はあろうことか、好きな人がいるとも取れる発言をした。これには須藤の全身機能も、全て止まってしまうのではという程の衝撃に襲われた。最後に佑月は例え話で終わらせてきたが、簡単に納得出来るものではなかった。
これは須藤もある程度覚悟していたことでもあった。このまま記憶が戻らないことだってある。そうなれば、佑月だって出会いがあれば恋もするだろう。それでも、時間が掛かっても、佑月を自分の腕の中へと取り戻せる自信があった。しかし、いざ佑月本人の口から聞くと、ダメージはかなり大きいものがあった。あの美しい目が、自分以外の者に一瞬でも向けられると考えただけで腸が煮えくり返る。
「どっちなんだ……」
あれはその場凌ぎで言ったことなのか、それとも本当に好きな者が出来たのか……。
須藤の思考を遮るように、部屋の扉がノックされる。
「ボス、失礼します」
真山が頭を下げてから中へと入ってきた。そして須藤の顔を見た真山の顔は、瞬間に心配の色に染まった。だが須藤は大丈夫だと無言で首を僅かに振る。真山は尚も心配しているようだが、須藤の命令には素直に従った。
「……では、ご報告申し上げます。朱龍会の桐谷ですが、今のところ会長の目があるため大人しくしているようですが、身辺を少しずつ固めていってる気配があるようです」
「そうか。そう遠くない時期に動くだろう。佑月の警護は決して怠るな」
「御意のままに」
真山が深く頭を下げて部屋を出ていく。
須藤はとにかくこの件が片付くまでは、佑月の想い人の事は封じ込めることにした。そうでないと、命が関わる事だけに、余計な邪念に邪魔をされると、佑月を守れない。
須藤はデスクから立ち上がると、窓辺に寄り、外の景色を眺めた。
「必ず俺の元に」
そう独り言ちると、須藤は次の仕事先へと向かうため、事務所を後にした──。
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