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第137話

「佑月……」  須藤に名を呼ばれ、佑月の鼓動が跳ねる。知らないふりをされたら悲しいと思っていただけに、やはり名を呼ばれると嬉しかった。 「あら、お知り合いなの?」  須藤に更に密着をして、犀川はわざとらしく眉尻を下げて、須藤を上目遣いで見つめる。佑月の胸にはまたモヤがかかり始める。何故こんな白々しい真似をするのか。知り合いという事は知っているだろうにと、佑月のモヤモヤは増していく。 「佑月を妙なことに巻き込むなよ」  須藤は鋭い一瞥を犀川へ投げる。少したじろいだ様子を見せた犀川だったが、彼女は直ぐに微笑みを浮かべた。 「今日彼は、私のパートナーを務めてくれているの。でも仁のパートナーが今日いないのなら私はどう? 以前のように」  犀川は赤い唇を須藤の耳元に近づけ囁く。その間、なぜか犀川は佑月から目を離さない。どうしてなのかは分からないが、まるで見せつけているかのように、不敵に口角も上がっている。  佑月は今すぐここから抜け出したい気持ちに駆られた。なぜなら須藤と犀川二人が並び立つと、嫌という程に絵になっているからだ。周囲も二人に見惚れてしまっている。須藤の隣に立つには、もっと大人でなければならない。たったこれだけで嫉妬してしまう、まだまだ青い自分では駄目なのだと、突きつけられてしまったからだ。 「犀川様、用がお済みであれば、ここで失礼させて頂きますが」 「あら佑月、怒らないで」  別に怒ってなど全くないが、犀川は少し焦ったように佑月の腕を取ると「ちょっと来て」と強引に引っ張っていく。 「え……? ちょ……」  佑月は思わず須藤へと振り向いていた。須藤は一見すると無表情だが、少し眉が寄っている。恐らく気分を害したのだろう。佑月も来たくて来たわけではないし、仕事だから仕方ないと思いつつも、どうしても今すぐ引き返して弁明したかった。 「佑月、今日はここで解放してあげるわ」 「え?」  ロビーまで連れて来られたかと思えば、犀川は突然そんなことを言う。佑月は驚きすぎて直ぐには返事が出来なかった。 「もう……宜しいのですか?」 「えぇ、悔しいけど、確認したかった事がもう出来たから結構よ。隠す必要なんてないのに」 「隠す……?」  ロビー客が佑月らを盗み見をしている。犀川のバックレスドレスが目立つこともあるが。 「そうでしょ? 彼ってば私の事なんて全く眼中に無いし。見せつけてくれたわ」 「見せつけ……どういう事でしょうか」  全く意味が分からず、佑月はそう訊ねるより他ない。 「だから、貴方に勝てなかったってこと。完敗だわ」  その時、ロビーの空気が変わった気がした。何だと佑月は犀川を見ると、彼女は苦笑を浮かべて視線を佑月の背後へと向けた。釣られるように後ろを向くと、佑月は瞠目した。 「須藤……さん」  須藤が一人でこちらに向かって歩いてくる。闊歩する姿に皆が釘付けになっている。もちろん佑月も瞬きを忘れるほどに須藤を見つめていた。 「それじゃ、邪魔者は消えましょうか。佑月、貴方で良かったわ。これでスッパリ踏ん切りもついたし」  耳元で囁かれたと思えば、頬に口付けをされる。驚く佑月に、犀川はウインクをして「お幸せに」と言うと、ホールへと戻っていく。

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