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第139話
「え……いえ。お名前しか知らないです。個人情報などは、よっぽどの事がない限り、訊ねることはしないので」
「そうか」
須藤はそれだけ言うと、佑月の背中に再び手を添えて、退室を促す。佑月はとりあえず部屋は出る。
「それで、あの方は?」
「あれは犀川官房長官の娘だ」
「えーー!?」
佑月の大きな声が広いロビーへと広がっていく。佑月は慌てて口を押さえ、ロビーにいる客らに頭を下げた。何とも迷惑な客となってしまった。佑月は耐え難い羞恥と、須藤まで恥をかかせてしまったことで今すぐ消えてしまいたかった。
半ば早足で須藤とホテルの玄関へと出ると、ホッとする。口元を押さえていた手も離して、大きく深呼吸をした。
「すみません。余りにもビックリしてしまって……」
「大きな声だったな」
須藤が愉快そうに言うのを、佑月は照れ隠しで須藤の腕を軽く肘で小突いた。
「だから、ごめんなさいって」
佑月が笑うと、須藤も目を細めて笑う。二人の間に和やかな空気が流れ、佑月は嬉しさで高揚していた。
「お帰りなさいませ、ボス、成海さん」
マイバッハの横で真山が慇懃に頭を下げている。顔を上げた真山の表情は、とても朗らかだ。仲良くしている二人に安心したような表情と言ってもいい。佑月は真山の前で姿勢を正すと、素早く頭を下げた。
「な、成海さん?」
「佑月?」
真山と須藤が同時に戸惑いの声を上げる。ゆっくりと顔を上げた佑月の眉は下がってしまっている。
「この間は、その……偉そうな事を言って申し訳ございませんでした。しかも今になって、申し訳ないです」
須藤が倒れた翌日に、真山に偉そうに怒ってしまった。ずっと謝りたかったが、タイミングが合わず会えなかったのだ。
「そのようなこと! 成海さんが私に頭を下げられることではございません。むしろ私は嬉しかったのです。ボスの事を、心から心配して下さり、配慮が足らなかった事を叱って頂きました。本当にありがとうございました。どれほどお礼を申し上げても全く足りません」
今度は真山が佑月以上に深く腰を折った。佑月は戸惑いながらも、真山の忠義の心を改めて見た。全ては主 中心に世界が回り、そこに疑問すらも持たない。真山の心はそれほどに須藤への〝忠心〟で溢れている。佑月は二人の強固な絆を前に、羨ましいと思った。いつか自分も以前のように、揺るぎない絆を築き上げていきたいと強く感じた。
「もういいだろ。佑月、早く乗れ」
「は、はい」
須藤自ら開けた後部ドア。真山が直ぐに変わり、ドアを大きく開いてくれた。佑月が直ぐに乗り込むと、須藤も後に続いた。
車が緩やかに走り出すと、佑月はホテルの外観を見上げた。結構高層のホテルで、外国からの賓客がよく利用するという。こんな高級ホテルは、自分の人生では全くの無縁だなと佑月は心中で笑った。
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