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第140話《決心》
しかし、犀川がまさかあの犀川官房長官の娘とは本当に驚いた。だからあれ程までに自信に満ち溢れていたのだろう。それでなくても周囲を圧倒する程の美しさだ。須藤と隣に並んでも見劣りしない。
そこまで考えて胸がツキンと痛む。今はもう関係がないと分かってはいても、心が乱される。それに須藤には恋人が既にいる。佑月が犀川に嫉妬するのもおかしな話だ。でも実際に須藤と関係があったであろう人物を目の前にすると、モヤモヤしてしまうのは自分でもどうする事も出来ない。
「どうかしたのか? 急に黙り込んで」
「あ……いえ」
もう小さくなりつつあるホテルから佑月は視線を剥がして、首を緩く振った。このまま下を向いてしまいたかったが、佑月は思い切って須藤へと顔を向けた。須藤の目は先程の会場内にいた時のような、無感情な目ではない。とても柔らかいものだ。
「ただ、犀川様のお父上の事に改めて驚いていたんです」
「あぁ……そんな女が何の依頼をしてきたんだ?」
須藤が珍しく他人の事を訊ねてきた。他人に全く無関心な男なのに。
あれほど綺麗な女性だから、色々気になるのだろうか。佑月は少し面白くないと思いつつ、どう答えればいいのか迷った 。でも、と佑月は拳を握りしめた。
「……実は昨日、犀川様がうちの事務所へ訪ねて下さいました。そして依頼されたのは須藤さんの事です」
「俺のこと?」
須藤が訝しげに眉を寄せる。そうなるのは仕方ない。自分の知らないところで、自分の依頼をされていたなど、気分がいいものではない。
「……はい。須藤さんの恋人が知りたいという依頼でした……」
依頼内容をメンバー以外の者に話すのは、プライバシーの侵害で決してしてはいけないことだ。でもここで佑月が喋らなかったら、須藤はもしかしたら犀川に聞くかもしれない。それが嫌だった。また二人が少しのことで会話をする事が、接点を持つことが耐えられなかった。
(本当に俺って最低だな……。公私混同し過ぎだ)
「でも……それはお断りさせて頂きました。須藤さんの恋人は……遠くにいらっしゃると聞いてもいましたし……」
知りたいという欲の方が強かった。それは決して口には出来ないことだと頭では分かっている。だけど再び佑月の中で、どうしても知りたいという思いが募っていた。
須藤の口からしっかり聞けば、もしかしたらこの想いも諦められるかもしれない。きっと傷付くだろうが、まだ傷は浅くて済むはず。
「そうか……」
須藤は複雑な思いがやはりあるのか、少し考え込むような表情となる。
「須藤さん」
「ん?」
佑月の緊張している顔が須藤にも伝わったのか、彼の纏う空気が変わった気がした。
須藤の目を見るのは怖いが、全てを語ってくれるのは目だ。佑月は思い切って、須藤の目を見た。
やはり須藤の目力は強い。直ぐに逸らしてたくなる。気を緩めると全て見透かされそうだ。
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