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第141話《狼狽》

 佑月は汗を握るようになった手を、スラックスで拭う。 「その……立ち入った事をお訊きします」 「あぁ、何でも訊け」  須藤の声も表情も優しい。それがとても勇気づけられる。 「須藤さん……恋人とは会えてるんですか? 毎日じゃなくても、お顔だけでも見られる状況なんですか? その、先日須藤さんが倒れられたとき、恋人を呼んだ方がいいと勝手なことを、滝川さんに言ってしまいました。そしたら……須藤さんの恋人は今は深い眠りに就いておられると聞いて……」  佑月の声が少し小さくなる。繊細な事を聞き出す佑月には、ルームミラー越しから真山の視線を強く感じていた。勝手な事をしてと思っているのか。いや、真山という人柄をこの短期間で知った範囲で言えば、きっとそうは思っていないだろう。心配してくれている方が大きいはずだ。だから佑月は真山の方には視線は向けず、須藤を見つめたまま答えを待った。 「深い眠り……か。滝川らしい表現だな」  佑月は食い入るように須藤を見つめる。その視線を受ける須藤は、少し苦笑を浮かべた。 「恋人とは毎日会っている」 「ぁ……」  〝毎日会っている〟が佑月の頭の中でリフレインする。 (……毎日?)  勝手に佑月は、会えなくて寂しい思いをしているのだと思っていた。まさか毎日ちゃんと会いに行っているとは思いもしなかった。多忙を極める須藤が愛する人に会うために、時間を捻出している。  そうだ。どれだけ須藤が恋人のことを愛しているのか、知っていたじゃないか。  〝結婚が全てじゃない。俺は一生傍にいる。どちらかの命が果てるまでな〟  そう須藤は口にしていた。須藤の恋人への強い愛情を確かにあの時に感じた。その想いは一生変わることがないのだと。  頭の中で大きな鐘が鳴り響いているかのようだ。ぐわんぐわんと脳を揺さぶられるような感覚さえもする。 「佑月?」  名を呼ばれて佑月は酷く狼狽えてしまう。とても心からの笑顔が出てきてくれそうにもなく、佑月はやや俯くことになってしまった。 「えっと……そ、そうですよね! こ、恋人は毎日でも会いたいと思うものですもんね……っ」  俯く佑月の顔を、いつの間にか距離を縮めた須藤によって、顔を上げさせられる。そして須藤は驚いたのか、少し瞠目した。 「……佑月」 「あ……これは……違って」  ポロポロと自分の意思に反して流れる涙。須藤と関わってから、本当に佑月はよく泣くようになった。ここまで感情を大きく揺さぶられる事が今までなかったから、その反動がこうして身体に現れてしまっている。心が大きく動くのは須藤にだけなのだ……。  ハンカチで涙を拭こうと、スラックスのポケットを探ろうとしたとき、佑月は須藤によって抱きしめられた。 「え……あの?」  驚く佑月を更に力強く抱きしめてくる須藤の腕。どうしたのかと戸惑うなかでも、こうして抱きしめてもらえる事が嬉しくないわけがなくて。

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