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第142話《須藤の深い想い》
だけどその反面、苦しくて仕方がない。この腕の中は恋人だけのもの。こうして抱きしめてくれるのは、友情であって愛情ではない。
「佑月、俺の恋人は──」
「あ、えっと、すみません!」
佑月は聞きたくなくて須藤の言葉を遮る。聞き出そうと意気込んでいたのに、いざその存在を須藤本人の口から聞くのは、やっぱり怖いものがあった。
「その……大きな声を出してごめんなさい。須藤さんが、恋人と毎日会える環境だと知ってホッとしました。以前は遠くにいると仰ってたので……。こんなデリケートなこと聞いてすみません」
須藤の腕から逃れようと佑月は身を捩るが、須藤は何故か離してくれない。離してくれと佑月は須藤を見上げた。
「……っ」
須藤の真剣な目に射抜かれ、佑月は動けなくなる。
「佑月、聞いてくれ」
頬に流れる涙を、須藤の指が拭っていく。
出来るならここで、降ろして欲しかった。外の流れる景色は見慣れたものになってきた。程なくすると事務所へ着くだろう。だけど、ここで須藤の話を聞かないのは卑怯になる。自分ばかりになってしまうなど最低だ。佑月は覚悟を決めて、須藤へと視線を戻した。
「お前に隠していたことがある」
「俺に……隠していたこと?」
あの須藤がとても緊張している。
「あぁ」
慎重さを伺わせる空気に、真山も息を潜めるように静かに車を走らせている。
「恋人というのは、お前のことだ。佑月」
「……」
──恋人というのは、お前のことだ。
脳内で何度も再生される須藤の言葉。しかし佑月の頭はそれを素早く認識することが出来ない。
「……え……どういう……こと?」
「俺の、須藤仁の恋人は成海佑月、お前だ」
須藤は佑月の両頬を両手で包み、目を覗き込む。逸らすことは許さないと言うように。
「ま、待って……うそ……本当に?」
「本当だ」
じわじわと認識し出すと、今度は全身が震え始めた。
「須藤さんが俺の……恋人?」
「そうだ」
須藤が再び佑月を腕の中へ収めると、少しの隙間さえも埋めるようにきつく抱きしめてきた。
本当にこの腕は自分のための場所なのか。あまりにも突然過ぎて、半信半疑な状態だ。だけど恋人と言われると納得する事が沢山ある。
優しい眼差し。熱い目。過剰なスキンシップ。そして風呂での出来事。
須藤は佑月に対して、友情と呼ぶには行き過ぎな言動が確かに多かった。それがいつも不思議で仕方なかった。
「でもなんで今になって? 直ぐに言ってくれれば……」
「目が覚めて直ぐに、知らない〝男〟にお前の恋人だと言われて、お前は受け入れられたか? 周囲が認めても、お前の心はそこに追いつかない。大変な怪我を負って痛みに苦しみ、記憶やメンタルも削られてるお前に到底言えるわけがない。更に苦しめると分かっていて……」
須藤の苦しみが佑月の心部へと深く伝わり、佑月は須藤へと思いっきり抱きついた。
そして声を上げて泣いた。
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