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第143話

「受け入れ……られなかったと思います」  須藤の胸に頬を擦り付けるように、佑月は首を振った。 「それで須藤さんを……もっと……いま以上に、もっと傷つけてたかもしれない」  佑月の恋愛対象は女性だ。男性には一度も恋愛感情を持ったことがない。それどころか、昔から佑月を見てくる男の目付きに嫌悪していたせいもあり、友人以外は積極的に交流などはしてこなかった。だからきっと目が覚めた時に恋人だと言われても、自分自身が信じられなくて大きく戸惑っていただろう。そして須藤を深く傷つけていたに違いない。  だけど、時間は掛かっても、きっと佑月は須藤に惹かれていたはずだ。今がそうであるように。  涙でぐしゃぐしゃになった佑月の顔を、須藤は本当に、本当に愛おしそうに見つめている。愛されているのだと、ずっと佑月だけを愛してくれていることがとても伝わってくる。 「でも……やっぱりなんで突然明かしてくれたんですか?」  いつの間にか、運転席とは遮断された空間になっている。佑月は二人だけの空間に、安堵と高揚感に満たされていく。 「お前の気持ちが分かったからだ」 「え!?」  佑月はあまりの驚きに大きな声を出してしまう。慌てて口を押さえる佑月に、須藤は柔らかい笑みを浮かべる。 「お前の気持ちの変化があるまでは、黙っておこうと思ってたからな」 「ま、待ってください! 俺の気持ちの変化って、その……え?」 (バレてるってことだよな? なんでバレるんだ……)  そんなに顔に出ていたのかと、佑月の顔は今や、青くなったり赤くなったりと忙しい状態だ。 「お前の目は時にして、雄弁だからな。とは言っても、気づいたのは今だが」  須藤が自嘲気味に苦笑いを浮かべながら、佑月の目元をそっと撫でていく。そのタイミングで目を閉じれば、スっと心が凪いでいく気がした。 「そう……ですか。じゃあ……俺はこの気持ちを、もう我慢しなくていいんですよね?」  佑月は琥珀の目を須藤へと据えた。 「我慢しないでくれ」  それは須藤の切願だった。それほどに須藤の漆黒の目が伝えてきてくれている。 「須藤さんの目も、雄弁ですね」 「お前限定にな」 「……須藤さんっ」  佑月はたまらず須藤の首筋へと抱きついた。こうして自分から須藤に触れられることが、たまらなく嬉しかった。幸せだ。佑月は思いの丈をぶつけるように、隙間なく密着した。須藤の腕も佑月を包み込むように抱きしめてくれる。 「……でも、もしかしたら須藤さんのこと、好きにならなかったかもしれない事だってあるのに……。貴方はそれでもずっと黙っているつもりだったんですか? そんなの……」  佑月が別の誰かと恋をして、結婚することもあったかもしれない。それを須藤は一人耐えていくのかと考えると、それもまた佑月の胸は抉られるように痛んだ。

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