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第156話
須藤との約束が出来たことに佑月は嬉しさで、自分が動けないことを失念していた。
「あっ……!」
ベッドから足を下ろして立とうとした時、床が一瞬ないのかと思った程に、腰から見事にぐにゃりと落ちそうになった。それを須藤が素早く佑月の身体を抱き留めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ほら、まだ立てないだろうが。シャワー行くぞ」
須藤はすかさず佑月の膝裏に腕を通すと、抱きかかえた。
「いや……でもシャワーなら一人で浴びられますので」
佑月の抗議は綺麗に流され、風呂場へと連行されてしまう。こういう素面の時に須藤と密着するのはかなり緊張してしまい、かつ触れられる喜びで鼓動がかなり速くなっている。
そして相変わらず須藤はいい匂いだ。
「今更一緒に入ることに何を躊躇う?」
バスルームに入ると、佑月をバスチェアに座らせて須藤はシャワーを出す。退院してからずっと入れていたこともあり、手慣れたものだ。
「一緒に入ることに躊躇ってるんではなくて……色々手間ばかりかけてるから……」
温かくなったシャワーを佑月にかけながら、須藤は佑月の唇にキスをした。
「恋人同士なんだ。もっと甘えろ。それに手間など一つもない。俺がしたいだけだ。そう思っておけ」
キュンと何度目かの胸が高鳴り、佑月は頬を僅かに紅く染めた。これだけ面倒見のいい男が、他の人間の前だと感情が動かないのだから、不思議な気分になる。この熱が冷めたら、須藤も佑月に微笑みかけることもなくなるのだろう。そう思うと、胸に杭が打たれたかのように痛む。
「佑月?」
「何でもないですよ」
「……そうか」
全く納得のいっていない顔だが、須藤は諦めて佑月の身体を洗うことに専念した。
何度か危うい雰囲気になったが、何とか風呂で致すことは避けられた。今は須藤のベッドで、佑月は時間いっぱいまで横になっていることにしている。
「そろそろ俺は出るが……。本当に仕事へ行くのか? 無理ならこっちで何とか出来るから遠慮なく言え」
須藤が部屋へと入り、ベッド際まで来てくれる。
「須藤さんって本当に心配性ですね。大丈夫ですって。もし辛いならちゃんと言いますから。ありがとうございます」
こんなやり取りも楽しくて幸せだ。このまま記憶が戻らなくても、颯や、メンバー、須藤が傍にいてくれるのだから、安心してこれからも過ごしていける。今の記憶が無くなってしまうことの方が、もう考えられない。これ以上須藤を苦しめたくないし、自分も今の須藤を忘れてしまうのは耐え難いからだ。
佑月は須藤へとにっこりと微笑み、少し手を振った。
「行ってらっしゃいです。お見送り出来なくてすみません」
「そんなこと気にするな」
須藤は佑月にキスをすると、仕事へと出掛けて行った。
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