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第157話
何とか時間までには動けるようになり、滝川の運転する車で楽な出勤をさせてもらっている。
今日も鈍色の空から大粒の滴が落ちている。様々な色の傘が咲く歩道は、雨足の強さもあって、皆とても歩きにくそうに足元に気を使っている。今日は依頼で駅まで歩かなければいけないため、佑月は今から憂鬱になっている。
「あの……成海さん」
ふと滝川が意を決したように話しかけてきた。マンションに迎えに来てくれた時から、少しそわそわしていた事が気にはなっていたが。
「はい、滝川さん」
「その……昨日、真山からお二人の事を伺いまして」
チラチラと少し照れた様子の滝川に、佑月はそれが伝染してしまったかのように、一気に照れが襲ってきた。
「あ、えっと……そうなんです。まだ記憶は全く戻らないんですが」
声のトーンが落ちてしまう佑月に、滝川は大きく首を振る。
「記憶がお戻りになっていらっしゃらないのに、もう一度須藤様と恋に落ちられる……。これはもう運命のお二人だと、疑いようがございませんね。本当に……本当に私も嬉しくて」
昨夜はテンション上がって、思わず吠えたと滝川が照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます……。そう言って頂けて本当に嬉しいです」
真山や滝川もボスである須藤の傍に常にいて、自分達の様子に、ずっと矢も盾もたまらずといった状況で苦しんでいたことだろう。記憶が戻らないことは今は仕方ないとは言え、これ程までに喜んで貰えて、嬉しくて込み上げるものを我慢するのに苦労した。
午前中の仕事は痛む腰に鞭を打って終わらせ、少し遅めの昼食を食べようと、コンビニで買った弁当をレンジで温める。温め終了の音が軽快になった時、事務所のドアがノックと同時に開いた。ノックの意味とはと佑月は思いながら、訪問者に笑顔を見せた。
「おっーす! ユヅ」
「久しぶり、颯。来てくれてありがとう」
「ユヅが呼んだらいつでも馳せ参じるよ」
「アハハ、本当サンキュ」
次の依頼までに二時間ほど時間があったため、護衛のことも考えて颯に来てもらうことにした。
「ちょっと昼飯食べながらになるけど」
「いいよ、いいよ」
二人で来客用ソファに腰を下ろし、佑月は少し改まって背筋を伸ばした。
「あのさ……いきなり本題に入って悪いんだけど、須藤さんのことで、颯は知ってたりするのかな?」
今までの颯との付き合い、そして性格の事を思うと、記憶を失う前の佑月は、颯にはちゃんと打ち明けていたと思っている。だからはっきりさせたいし、礼も言いたい。
「えっと……それって」
颯の歯切れが悪い。佑月はここで自分の訊ねかたが悪いと気づいた。明確な言葉で言わないと、颯にとっては地雷を踏むことになってしまう。颯を傷付けない為には、自分がしっかり伝えないとならない。例え颯が知らなかったとしても、それはそれで、いま颯にはちゃんと伝えておきたいと思った。
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