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第163話

◇  早めの昼食を取った佑月は、昼に帰ってきた陸斗に留守を頼む。 「それじゃ行ってくるね……つっ」 「佑月先輩! 大丈夫ですか!?」  陸斗が慌てて事務机から腰を上げ、佑月の傍へと駆け寄ってきた。陸斗の凛々しい眉が完全に下がってしまっている。佑月はこめかみを押さえながら、笑顔を向けた。 「大丈夫だよ。心配かけて悪い」 「荷物を渡すだけなら、オレが代わりに行きます」 「ありがとう。でも外に行った方が気分転換にもなるから。それに相手側は俺を指名してるし、渡す相手はサナエちゃんだから大丈夫」  サナエちゃんと言うのは佑月の客で、オカマバーで働いている人だ。身体はとてもガタイがいいが、心は完全に乙女である。佑月に恋愛相談や、愚痴などを聞いてほしくて、時々依頼してくれる客なのだ。 「サナエちゃんならオレが行かない方がいいのかもですが、無理はやめてくださいね」 「ありがとう陸斗」  佑月は陸斗に見送られながら、事務所を後にした。  この突発的な頭痛は、実は三日ほど前から頻繁に起きるようになった。痛みは一瞬だけですぐに消えるのだが、何か妙な感覚がするのだ。何かを思い出そうとした時に、喉まで出かかってる、そんな感覚が。 (でもその元になる物が何も思い浮かばないんだよな……)  それなのに、それが無くした記憶の部分だと本能が告げているような気がしたのだ。思い出せるなら早く思い出したい。短いようで長い月日の一年を、取り戻せるなら取り戻したい。思い出せないのなら思い出せないでいいと思っていたが、こういう事があるとやはり期待してしまう佑月がいた。  バスで目的地近くの停留所で降りた佑月は、公園までゆっくり歩く。徒歩五分ほどで着くため、近くで良かったと佑月は軽い荷物を小脇に抱える。中身は入っているのかと思う程に軽い。 (まぁ重くなくて良かったけど)  沢山の人が行き交う通りから抜けて、佑月は目的の公園内へと入った。一旦立ち止まり、周囲を伺う。怪しい人影は見当たらない事に安堵するが、護衛が付いていることも大きいだろう。護衛の姿も見えないところがまた、プロなんだなと一人感動し、感謝した。 「あ〜〜佑月ちゃ~ん! こっちよ、こっち!」  公園内に入ると、広々とした芝生を挟んだ遊歩道がある。そこにベンチが何脚か設置してあるのが見えた。遊歩道の中央辺りのベンチから、佑月を見つけたサナエが大きく手を振って、笑顔を見せてくれている。佑月も手を振り返し、足早にサナエの元へと急いだ。 「サナエちゃん、お久しぶりです。遅くなってごめんなさい」 「ううん! あたしが早く着いただけよ~。それよりも急な場所の変更になってごめんなさいね。あたしも突然場所の変更と聞いたものだから。何せ相手側の人が今日の仕事先が変わったとかで~」  サナエが愚痴を混じえながら話すのを聞きながら、佑月は内心で首を傾げた。

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