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第165話

 百メートルほど先の公園の外を走る車道に、黒塗りの車が連なって二台止まるのが見えた。その一台がよく知っている須藤の車、マイバッハだった。 「今から少しボスには仕事がございまして、誠に勝手申しまして大変恐縮なのですが、場所の移動をお願いいたします」  とても丁寧な言葉だが、これはお願いではなく、直ちに移動しろということだろう。 「まぁ、須藤様の部下の方……。なんて逞しいのかしら。すてき……」  サナエは須藤の部下と分かるや、途端に目をハートにしている。こういうタイプが好きなのかと、サナエの好きなタイプが知れて少し嬉しい佑月がいたが、今はどうやらそれどころではないようだ。 「分かりました。僕たちはもう用事は済んだので、直ぐに立ち去りますね」 「申し訳ございません。成海様にこの様な事を申して大変心苦しいのですが」 「いえ、そんな畏まらないで下さい。お仕事の邪魔をするわけにはまいりませんので。では失礼します」  月山へと頭を下げて、サナエと来た方向へ身体を向けようとしたとき、突然佑月の中で妙な胸騒ぎがした。何か心が落ち着かない。 「佑月ちゃん?」 「成海様、どうかされました?」  二人の心配する声をどこか遠くで聞きながら、佑月は精神を研ぎ澄ますように、そっと周辺を見渡していった。  その時、佑月の左前方の草木が生い茂る場所に、草が不自然に動くのが見えた。咄嗟に佑月は背後へと顔を向ける。車から降りている須藤が、もう一人の男と話している姿が確認出来た。 「成海様、急ぎましょう」  何かを察知した月山は、慌てて佑月の背中に手をあてて、無理やり歩かせようと押してくる。しかし佑月は先程の茂みが気になり、目を凝らすことに夢中になっていた。 「あ……っ!」 「成海様、申し訳ございませんっ!」 「あっ、待って!!」 (あれは……銃なんじゃ!?)  突然月山に肩に担がれた佑月だったが、それと同時に頭の中で大きな鐘のようなものが鳴り始めた。頻りに鳴り響く鐘。そして銃らしきものの照準が誰か分かったとき、佑月の頭の中は、何かスパークのようなものが激しく弾けていった。  あの忌まわしい出来事が、光の速さでフラッシュバックしていく。  そして佑月は叫んでいた。 「じーーん!!」  声の限り叫んだ瞬間に、須藤がこちらに顔を向けた。遠くでも分かる。須藤が驚いているのが。  佑月は月山から暴れるように降りると、無我夢中で須藤へと駆け出していた。 「佑月ちゃん!!」 「成海様!」  後ろで自分を呼ぶ声がするが、今はそれどころではない。茂みにいた男が発砲したのか、していないのかも分からない。何がいまどうなってるのかも分からない。ただ、佑月は目の前で愛する恋人が、また何者かに狙われていた事に、大きな衝撃を受けていた。傍に行って無事を確認したい。ちゃんとこの目で。この手で。

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