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第169話
「佑月、今は色々思うことがあって辛いだろうが、俺にとっては〝佑月〟は何も変わらず〝佑月〟だ」
須藤が佑月に心の内をさらけ出すように、ゆっくりと一語一句、気持ちを込める様に話しているのが分かる。以前より、ここ二ヶ月で須藤の感情が大きく変わったような気がした。それ程に須藤の想いがダイレクトに佑月の心部深くに伝わり、感情が大きく揺さぶられるものになっていた。
「お前が俺の前から居なくなる事を考えただけで、俺はどうにかなりそうだ。だから、頼むから、今は何も考えず俺の傍にいてくれ」
「仁……」
須藤の深い想いは、今回のことでどれだけ辛い思いをさせてしまっていたか、よく分かるものだった。
もしかしたら死んでいたかもしれない。恋人を失うなど、どうしたって耐えられない。
須藤が身を置く裏社会は、平穏からは程遠く、いつ命を狙われてもおかしくない世界だ。頭では分かっていたが、実際佑月の命が狙われた事で、愛しい人間を無くすという恐怖がどういう事なのか、改めて植え付けられたのだろう。だから須藤の中で、大きな感情の変化が起きたのかもしれない。
優しい表情や柔らかい空気は以前でも見られた。しかし、やはり佑月の知らない二ヶ月で、須藤の持つ空気は明らかに変わっていた。
「俺はずっと仁の傍からは離れない。絶対に」
運転席とは仕切られた二人だけの空間。二人の距離は自然と縮まっていく。
深く重ねられた唇は、お互いの存在を確かめ合うように慎重に、そして深い愛情に溢れているものだった──。
事務所まで送ってもらい、須藤とはまた夜までは離れる事になった。佑月は誰もいない事務所で一人、自分の机に座ってパソコンを見るともなしに見ていた。
先程、須藤を狙っていた男の正体を教えてもらった。朱龍会の若頭、桐谷豪という男だという。佑月の命を狙った支倉恭平の双子の弟、凌平の義父だそうだ。複雑な家庭環境は今は置いておき、凌平は須藤によって制裁を受けた。そしてその恨みで義父である桐谷が、須藤の命を狙ったという。
原口組の組長があの場にいたことや、今回の事は全て事前に計画が立てられていたようだ。
泰然の部下、奕辰 という男が朱龍会へと潜り込み、ついには若頭補佐の地位まで登り詰めて桐谷の信頼を得ていた。その男が裏切り、裏で須藤と繋がっていると知れば、可愛がっていた義理の息子が酷い目に遭わされたこともあり、必ず二人を消したいと考えるに違いないと。現に桐谷は、自身の部下を集めて動いていた。しかし、信用していた自身の構成員は、既に朱龍会の会長の命令により動く駒となっていたが……。
そうとも知らず桐谷は内々で計画を進めていた。今回、須藤が裏切り者である若頭補佐であった湯浅と会うという情報を得た。もちろんそれは、須藤が朱龍会の構成員へと流した情報だ。桐谷にこの機が絶好のチャンスだと思わせるように。自分のために動いてくれていると信じて疑わない構成員を集め、あの公園へとやって来たのだ。
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