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第170話《記憶》

 しかし発砲する直前に、自身の若中らに取り押さえられてしまった。さぞかし悔しくて堪らなかっただろう。今まで付いてきてくれていた若中らが、湯浅のように裏切っていたのだから。  桐谷の処分は朱龍会ではなく原口組がするそうだ。〝見せしめ〟という事で。原口組の直系である朱龍会の若頭が、原口組組長が可愛がる須藤に手を出したからだ。恐ろしい世界だと佑月は身を震わせた。  そしてやはりと言うか、おかしな今回の依頼。サナエを巻き込んだ依頼は、全て桐谷が企んでいたという。佑月の周辺を調べて、サナエへと行きつき、一般人まで巻き込み、〝空箱〟を回させていく。足が付かないように、須藤への目くらましをするためにもあらやる人間を介していったようだが。  それも全て、佑月をあの場に居合わせ、須藤が撃たれ、死ぬ瞬間を見せたかったからだという。お互いの悲劇の場を見たかったにしても、本当に何と恐ろしい人間なんだと佑月は身を震わせた。  思い出したくもないのに、リアンに襲撃された時の事が頭の中に蘇り、佑月は込み上げてくるものを必死に我慢しなければならなかった。 「良かった……本当に……撃たれなくて良かった」   須藤を亡くすと考えただけで、身が引きちぎられる思いだ。 「……」  佑月は嫌なことは考えるなと、頭を切り替えようと、給湯室へ向かった。そこで冷たい水で顔を洗い、両頬を少しキツめに叩く。 「よし!」  気合いを入れ直すと、佑月は机に向かい、仕事モードへと切り替えた。しかし頭の片隅では、ずっとこの二ヶ月の事が気にかかっていた。  須藤は、佑月は何も変わらず佑月だと言ってくれた。とても嬉しくて、至福の極みとも言えた。しかし二ヶ月の記憶が無いというのは、今の佑月には耐えられなかった。記憶を無くしていた一年分が、須藤と関わっていなかったのであれば、然程ここまで気を揉むことはなかった。だが、そうではない。記憶を無くした自分が、どんな風に須藤と過ごしていたのか、知りたくて仕方がない。  須藤を傷付けてきたかもしれない。それとも須藤と愛し合う仲になって幸せでいたかもしれない。二ヶ月は短いようで長い月日だ。様々な事が目まぐるしくあったはずだ。それを知らないと言うのは、やはり辛かった。何よりもあの須藤の心が大きく変化していた事が、さっきは理解したつもりだったが、ちゃんと知りたかった。自分の事なのに、知らない事があるなど、考えられない。  過去を振り返っても、過ぎてしまったことは変えられない。当然のことだ。でも、二ヶ月のことでも 、須藤との事はちゃんと共有したいのだ。 「もう……思い出せないのか?」  佑月は仕事中だというのに、パソコンで記憶喪失について調べた。 「健忘症か……」  記憶喪失になった人の体験談などを読んでいると、完全な記憶が戻るのは稀だと言っている人もいた。思い出したと思っても、それが本当の記憶とは限らないとも。 「……」  記憶が戻ったとき、記憶を失っていた時期の記憶は、上書きされるような感じと言っている人もおり、佑月の気持ちは沈んでいった。

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