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第172話

「あぁ、最近は早く帰ってきてるからな」 「そう……なんだ」  嬉しいはずのこと。それなのに佑月は素直に喜べなかった。二ヶ月前までは、この時間に帰って来ることは、本当に稀だった。自分が知らない自分のために、須藤は早く帰って来ている。佑月ではない他の人間というわけではないのに、自分に嫉妬してしまうなどどうかしている。それでも湧いてしまう感情は自分でもどうにも出来ない。 「佑月?」 「あ……えっと、もうすぐご飯出来るから、手を洗ってきて」 「……あぁ」  須藤がジャケットを脱ぐのを手伝って、洗面所へと送り出すが、佑月の胸中にはモヤモヤが取れずにいた。むしろ大きくなっていく。  いつもなら須藤は今の状況だと、佑月が本当の事を言うまで追求してくる。様子がおかしい事は必ず気づいているはずなのに。 (俺の考えすぎ?)  信じ難い事が自分に起きた事で、まだ色々と思考も追いついていないのかもしれない。  これを打破するにはやはり……。 「ごちそうさま」  佑月が作った料理は全て綺麗に平らげてくれた須藤を見て、佑月はこっそりと深呼吸をする。 「仁」 「ん?」  須藤の表情は本当に柔らかく、しかも佑月を見つめる目がこっちが照れてしまうほどに愛情のこもったものだ。佑月はそんな須藤の目を見つめ返しながら、口を開いた。 「俺、この二ヶ月分の記憶を取り戻したいって思ってる。どうしても取り戻したいんだ。無謀かもしれないけど、色んなきっかけを探して必ず……じゃないと……俺……」  須藤を見つめていたが、徐々に視界がぼやけてくる。須藤が直ぐに席を立ち、佑月の傍へとやってくると頭を包み込むように抱きしめてきた。 「佑月……無理はしないでくれ。自然に任せるのが一番だ」  須藤はそう言ってくれるが、佑月は腕の中で頭を振る。 「仁には思い出して欲しくない事もあると思う。でもやっぱり俺は、仁と二人で過ごした日々を絶対に思い出したい。嬉しい事だったり、幸せな事だったり、そして悲しい事や辛いこともきっと色々あったはずだから。それらはどんな事でも、二人の大事な日々だった事には変わりないだろ? だから俺は仁との日々を一日余すことなく、ちゃんと共有したいんだ」 「佑月……」  須藤もきっと思い出して欲しいと思ってるはず。それに何より須藤にばかり辛い思いをさせたくなかった。一年間をすっぽりと忘れてしまい、それを思い出したかと思えば、今度はその二ヶ月分を忘れてしまう。自分が逆の立場だと考えたとき、とてもじゃないが須藤のように寛容さを見せられない。  須藤は自身が望んでいることであっても、佑月が苦しむことなら決してそれは口にしない。だから自分のために、須藤のために、思い出したかったのだ。  

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