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第173話

 須藤は少し考えてから、佑月の意思を尊重してくれたのか、渋々とだが頷いてくれた。 「ありがとう、仁」  佑月は須藤の腹に顔を埋めて、思いっきり抱きしめた。須藤の腕にも更に力が加わる。お互いの隙間を埋めるように。  二人の気が済むまで抱きしめ合うと、佑月はゆっくりと須藤へと顔を上げた。 「それで今後のことだけど……。この二ヶ月のことを人から聞いたら、きっと先入観が生まれてしまう。特に近しい人から聞いて思い出しても、それが本当の記憶か分からなくなってしまうのが怖いんだ。だから仁にも色々とヤキモキさせてしまうかもだけど、協力してほしいな」 「あぁ、もちろんだ」 「ありがとう。でも思い出そうとする過程で、俺がどんなに苦しんでても、止めないで欲しいんだ」 「それは──」 「お願い」  佑月はここで椅子から腰を上げると、須藤に頭を下げた。 「俺はお前が苦しんでいる姿は見たくない。苦しむならやめろ」 「仁の気持ちは凄く分かるよ。逆の立場だったら絶対やめて欲しいって俺も止めると思うし。でも悪いけど、この事に関しては俺はやめるつもりはない」  須藤の眉が不機嫌に寄せられていく。だけど佑月の気持ちは一ミリも変わらない。 「お願いします」  佑月は須藤に深く頭を下げた。しかし直ぐに須藤の手によって、頭を上げさせられてしまう。 「記憶を取り戻す手助けは、お前が望めばいくらでも手伝ってやる。だが、苦しんでまで思い出すことに精神を削るのはやめろ。無理にしても、思い出せるものではない。やるなら期限をつけるんだ。後は自然に任せて思い出せることを待つしかない。分かったな」  須藤も折れない意思を伝えてきている。須藤も佑月も基本頑固で曲げることを嫌う。しかし須藤は佑月に関しては折れてくれる事が多い。それなのに、今回折れないのは、それほどに佑月のことを第一に考え、心配しているからだろう。 「……分かった。じゃあ、二ヶ月程もらってもいい?」 「一ヶ月だ。二ヶ月もかかるようでは、恐らく思い出さないだろう」 「え……」  須藤は佑月の頭を片腕で抱えると、そのまま引き寄せて後頭部にキスを落とした。 「佑月返事は?」  佑月は一泊置いて、小さな声で「うん」と返事をした。  一ヶ月など絶対無理だと一瞬頭に過ぎったが、須藤の言う通りに時間をかけても思い出せるわけではない。医者や、カウンセリングなどに頼って思い出せる療法もあるようだが、それも誘導されて思い込んでしまうという事がありそうで、踏み込めずにいる。でも一応それも最終手段として、念頭に置いておくつもりだ。とりあえず自分の力で思い出したいと、気を引き締めた。  佑月は皿を軽く洗い流しながら、冷蔵庫へと視線だけ向けた。二ヶ月前と明確に違いを突きつけられた所とも言える。佑月は食材は買っても、二日分しかまとめ買いをしない。それが冷凍庫には沢山の食材が冷凍されていた。買い込まなければならない事があったのか。それも気になって仕方がなかった。

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