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第182話

「全然! 全然ないですよ!」  必死な表情を混じえ伝えてくれる。この姿がきっと村上本来の姿なのではと、佑月は少しホッとした。  何があったかなどは、聞かないと佑月の中で決めている。だから村上とのことも気にはなるが、今のところ聞くつもりはない。ファーストインプレッションで何かを感じた時が、きっと眠っている記憶に触れたのだと思うから。  だから名前を聞いたときの頭痛がただの偶然だったのか、もう少し話してみないと分からない。 「でも……そっか。入院してた時からつい昨日までの記憶が無くなってしまったんですね」  しみじみと呟く村上に佑月はゆっくりと頷いた。 「この二ヶ月分の記憶は思い出せると思いますか?」  理学療法士にこんな事を訊ねても、きっと分からないだろう。専門分野でない限り。だけど医師ではないが、〝病院側〟の人間としての意見を聞いてみたかった。もしかしたら、あらゆる症例の情報など知っている可能性だってあるからだ。 「ここの入院患者さんでも、記憶を失った方が何名かいらっしゃいました。でも僕が知る限りでは、ずっともう何十年も思い出さない方や、一週間後には思い出す方、本当に様々ありましたね。だけど一週間後に思い出された方は、思い出した時にはちゃんと、その一週間もその方の記憶として残っていたようですよ」 「そうなんですね……羨ましい」  本当に羨ましい。ちゃんと記憶に残る人もいるのに、なぜ自分は思い出せないのか。二ヶ月分の記憶に執着しているから、余計に卑屈になってしまう。 「……でも、思い出さない方がいい事もありますよ」 「え?」  先程とはワントーン落ちた村上の声。佑月が驚いたように村上を見ると、彼は我に返ったように慌てて笑顔を向けてきた。 「あ、いや、だって成海さんの場合は本当に酷い怪我をされていましたし、辛いリハビリだったりと、思い出さない方がいいような気がして……」  勢いがあった言葉も段々と小さくなり、最後は「すみません」と村上は佑月に謝ってきた。 「こんな事、他人がとやかく言うことじゃないですよね。本当にすみません」 「いえ、きっとそれが普通だと思います。思い出さなくてもいい事を、わざわざ思い出そうとするのは、精神衛生上良くないことも分かってます……」  佑月はここで言葉を区切った。これ以上自分の想いを村上に話しても迷惑なだけだ。苦笑を浮かべながらも、佑月は村上へと小さく頭を下げた。 「僕ではそのお手伝いは出来ませんが、いつか思い出されるといいですね」  佑月の意を汲んでくれたのか、村上はそう言う。 「ありがとうございます。そして突然訪ねたのにも関わらずお時間を割いてくださり、本当にありがとうございます。入院中も大変お世話になりました」  佑月は腰を上げると、村上へと深々頭を下げた。記憶を取り戻した時に、今日のことを後悔するかもしれない。それでもやはり、佑月の二ヶ月分に関わった人物や場所などには、徹底的に関わりたかった。

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