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第183話

「いえ……お元気そうなお顔が見られて良かったです」  村上も腰を上げ、そして少し苦しそうに佑月を見つめていた。だがそれも一瞬で、直ぐに人当たりの良い笑顔を向けてきた。 「では、お元気で。失礼します」  村上は頭を軽く下げると、そのまま佑月に背中を向けて行った。  もう二度と振り返らない。そんな意志が見えるような背中だ。佑月はその背中に向かって深く頭を下げた。 (ありがとうございます。村上先生)  少し話してみても、やはり何も思い出さなかった。ただ話してみて分かったのは、自分との間で何かあったことは確実のようだった。もう村上の前に、姿は現さない方がいい事だけは分かった。  それから佑月は事務員や看護師の協力のもと、入院していた病棟へ入らせて頂き、部屋も見せてもらえた。特別室へ連れていかれた時は、佑月も頭を抱えたくなった。 (仁ならやりそうだけど。こんな豪華な部屋……考えただけで恐ろしい)  佑月は須藤への借金が増えたことに、内心で大きなため息を吐いた。もちろん須藤は佑月に金を払わす事など頭にない。返して貰おうとも微塵も思っていないだろう。佑月のためなら惜しげも無く権力や金を使う男だ。だけど佑月からすれば、なんでも与えてもらう存在ではいたくない。拒否をされようとも、佑月は地道に金を貯めていっている。 「どうですか? 何か感じるものはありますか?」  今度は五十代くらいの女性看護師に案内してもらっていた。 「……いえ、ここも凄く豪華で気圧されていますが、何も感じないです。本当に色々とご協力ありがとうございました」  佑月は世話になった看護師と事務員に礼を言うと、病院を後にした。  ここでの収穫は、村上の事が少し気にかかっただけで、無しと言ってもいいだろう。懐かしさも感じなかったし、本当に初めて訪れる病院としか印象に残らなかった。 「そう簡単に行くとは思ってないよ」  佑月は独り()ちて、自身の事務所へと帰った。明日は午前中の空き時間に、記憶が戻った事を伝えた颯と、例の現場へと行く予定だ。  今夜も早く帰って来るのだろうかと、佑月はそわそわしながら、夕食を作っている。昨日は二十二時過ぎには帰ってきていた。  あと三十分したら帰ってくるかもしれないと、佑月はこねていたハンバーグをフライパンに二つ乗せた。火をつけて焼き始めたとき、何か玄関の方で物音がしたように感じた。  まさかこんなに早く帰ってくるとは思えず、訝しげに佑月は火を止めると、緊張しながらもリビングの扉へと恐る恐る向かって行った。 「わっ!?」  ドアノブを握る寸前で、突然目の前で扉が開き、佑月は本気で驚いた。 「どうした」  須藤も少し驚いたようだ。佑月はすぐに両手を合わせて「ごめん!」と詫びた。

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