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第189話《命の恩人》
人当たりのいい、優しい面立ちの男は佑月を改めて見て、とても嬉しそうに微笑んできた。歳は五十代後半くらいだろうか、肉体労働のために逞しい体つきをしている。
「元気な姿が見られて本当に良かったよ。あの時は驚いたってもんじゃなかったからね」
そう彼は単管パイプの下敷きになっていた佑月を発見し、救急車、警察を呼んでくれた命の恩人なのだ。
「田口さんのお陰で僕はこうして元気でいられるんです。何度お礼を申し上げても全く足りないくらい感謝しております」
佑月の感謝の意に恐縮しっぱなしの田口に、お礼として菓子折りを渡す。どうやら佑月は入院中にも田口へとお礼の手紙を送っていたそうだが、こうして直接会うことが出来て何より嬉しかった。
「俺からも礼を。佑月を発見し、迅速な対応に感謝してます」
須藤が丁寧に頭を下げる姿を見て、佑月は感極まる。
(あの仁が、俺のために……頭を下げてくれてるなんて)
泣きそうになるのだけはグッとこらえながら、佑月も再び頭を下げた。
「私からも心からお礼を申し上げます。ありがとうございます」
「オレからも、佑月を救って下さり、本当に本当にありがとうございますっ!」
真山と颯も田口へと頭を下げる。田口が酷く慌てていることが空気で伝わった。
「み、皆さん、頭を上げてくれんか」
田口の言葉に、皆が顔を上げた。困り果てたような表情の田口を見ながら、佑月はもう一度心中で深く感謝した。見つけてくれたのが、田口のような人で良かったと。
「成海さんは、本当に良き友人を持たれましたな」
「はい」
佑月は三人それぞれ視線を向けて微笑んだ。
田口の案内で、佑月らは倉庫内へと入っていく。中は思っていたよりもさほど広くはなく、様々な資材が綺麗に整頓され置かれている。
「佑月、途中で気分が悪くなったら直ぐに言うんだぞ」
須藤の言葉に、田口も大きく頷く。
田口には記憶喪失のことは一切伝えていない。ただ、ここでの記憶だけがないとだけ言ってある。余計な心配などかける必要はないし、重く取っても欲しくなかったからだ。
「ありがとう。田口さんもありがとうございます。気分が悪くなったら直ぐに言います」
真山と颯も心配そうに佑月を見ていたが、二人へと佑月は大丈夫と頷いて見せた。
実際佑月は緊張していた。記憶を無くしている時も、この原因となった場所は記憶がなかったと聞いた。そして記憶が戻ったいまも。だから自分の事という実感が今は皆無だ。でも、今日やっとその現場を見ることが出来るのだ。ここで何か思い出せればという期待感で緊張していた。
「順番に中を見ていくかい?」
田口が気を遣って訊ねてくれるのを、佑月は緩く首を振った。
「いえ、僕が倒れていた場所へお願いします」
佑月の意を汲み取った田口はしっかりと頷いた。
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