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第196話《二ヶ月分の記憶》
「う……く……仁……」
机に突っ伏して、声を押し殺して佑月は泣いた。
村上のこともやはり佑月が傷付けていた。今さら色々悔やんでも仕方ない。全て終わってしまったことでどうする事も出来ない。泣くことしか出来ない。
「ごめ……んな……さい……っう」
須藤が仕事へ行く前にちゃんと泣き止まないと、また心配かけてしまう。そう思うのに、涙は止めどなく溢れ、嗚咽まで混ざってしまっていた。
「佑月」
ノックと呼びかけに驚いた佑月は、身体を跳ねさせながらも、慌ててティッシュ箱から何枚か引き抜いた。涙を拭うティッシュには直ぐに水分を含んでいく。
「開けるぞ」
「え……ま、待って」
以前の須藤は、ノックをすることは滅多になかった。だが須藤はこの二ヶ月、佑月との距離を見誤らないよう、細心の注意を払っていた。だから以前のような振る舞いをしないよう、今もそれが須藤に染み付いてしまっているのかもしれない。
記憶が全て戻った佑月には、今の須藤の行動に対しても申し訳ない思いが湧いてくる。
「今から出かけないか……」
佑月の制止は聞くことなく扉が開く。声をかけながら開けた扉だったが、須藤は佑月を見るや、言葉を飲み込んでいるようだった。
「佑月」
見られてしまっては今さら隠しても仕方ない。佑月は須藤へと笑みを向けたつもりだが、上手くいかなかったようだ。須藤の眉間には深い縦じわが刻まれている。
「仁……」
佑月は椅子から腰を上げ、そして須藤へ身体を向けると頭を下げた。
「いま……全部思い出した……。やっぱり……思ってた以上に……たくさん傷付けてた。ごめんな──っ」
「謝るな」
佑月を頭から引き寄せた須藤は、そのまま大きな胸に大事なものを収めるように、優しく、かつ力強く抱きしめてきた。
大きな愛。包容力。須藤の想いがそれだけで全て伝わってくる。
佑月は須藤の背中へ腕を回すと、しがみつくように抱きついた。
「お前の気持ちはこうして全て伝わってきている。俺はただお前が傍にいることが何よりなんだ。俺の想いもちゃんと伝わってるだろ?」
「う……うん……うん」
須藤の胸に顔を埋めながら、佑月は何度も頷いた。
「伝わってる……ちゃんと」
顔を上げて、涙でくしゃくしゃになった顔で佑月は須藤の目を見つめて伝えた。須藤の黒曜石のような美しい黒が、優しい色味を帯びている。
佑月はそんな須藤に完全見惚れていた。険という険が完全に取り払われた、慈愛さえも窺える温かみのある表情。
表情筋が死んでいるのかと思うほどに、須藤の表情は常に変わらない。佑月と出会ってから少しずつ表情は変わるようになったが、それは佑月や真山らが感じる程度だった。それがこんなにも温かく愛情に満ち溢れた表情を向けてくれるなど。須藤本人は気づいているのだろうか。
いや、そんなこと気にすることではない。お互いが深く愛し合ってるが故の、気持ちの表れなのだから。
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